【はっぴーマインドな素敵乙女】るしあさん
素敵なはっぴーマインドの持ち主に
であっちゃったんだな~

左の方。
強みカフェに きてくださいました
るるーん って感じの方なんです。
るしあさんって おなまえ ぴったり
3月の松ビギ懇親会にきてくださってて
ほんの5分くらいばかりで 強み言い放ち放置だったのに
強み「梅」で 梅干つけてみてください とかゆったらしく
梅干 つけているんだなぁ・・・。
素直な方なんですよぉ。
素敵な方だな。
うちが男子だったら こんな方を選ぶと思う~。

強みカフェの後はみんなでディナー♪
http://ameblo.jp/luciamemory/entry-10980061218.html
であっちゃったんだな~


左の方。
強みカフェに きてくださいました

るるーん って感じの方なんです。
るしあさんって おなまえ ぴったり

3月の松ビギ懇親会にきてくださってて
ほんの5分くらいばかりで 強み言い放ち放置だったのに
強み「梅」で 梅干つけてみてください とかゆったらしく
梅干 つけているんだなぁ・・・。
素直な方なんですよぉ。
素敵な方だな。
うちが男子だったら こんな方を選ぶと思う~。

強みカフェの後はみんなでディナー♪
http://ameblo.jp/luciamemory/entry-10980061218.html
理解と判断はちがう
人と人とのコミュニケーションにおいて
相手と対応するときには 楽しいことばかりが
おきるわけではない。
相手に対して 嫌な感情がわいてくるときは
自分の内的なものが 投影されてる場合のときと
ピュアにわきあがってくる ダメ感みたいなときがある。
前者の場合は ブロックが関わっていることで
みたくない自分が 相手に投影されたときなので
ぎゃー いやいやいやいや やめてぇぇ~~~
みたいな 見たくない衝動にかられるので わかりやすい。
その場合は 嫌な感じがある前提で
その奥にある 「本当はどうしたかったの?自分」を
理解してあげられれば ブロックからは開放される。
嫌な感情がわいてくることについて
「誰かに嫌いとか汚い感情をもってしまう自分はダメだ。」
とか
「もう絶対嫌いだ、嫌だ、嫌といったら嫌。」
とか思うとしたら それは自分に対して
ダメとか嫌とか 判断を下しているということ。
前者のように 自分に対して 理解をもとめないで
後者のように 自分に対して 判断してしまうという現実が
とてもとても多いと思う。
これは 自分にそうであれば 相手に対しても
もちろんそうなってしまう。
あと ブロックの投影ではなくて ピュアにダメ感というのがある。
これは 嫌だとかみたくないとか そういう感覚はなくて
相手に対して 人間失格 というかそういう感覚が出てくるもの。
自分が大事にしている 価値基準を崩壊させる要素のあるものに対する
自分への守護の感覚かなと 思われる。
生命が危ないというときに 守ろうとする感覚と同じかな。
これは 自分の中心軸を保つためには けっこう大事かなって思う。
なので 相手に対して なんだかわからないけど
ダメ感を持ってしまう自分に ダメ判断を下すということは
自分をないがしろにすることになり 自分が殺されてしまう。
嫌な感情に対して ブロック投影なのか ピュアなダメ感なのか
という検証は とても大事かなって思う。
なんでもかんでも 外の世界が 自分のブロックの投影だ
などと すごく乱暴な発言をする方が多いのだけど
それは まったくもって 嘘だと思うな。
私自身は 判断と理解のとりちがえは もとから
めちゃめちゃわかってしまうので 強みなのだろうけど
人って判断を下すことが とってもお好きなようなのだ。
私は 自分に対してアドバイスしてくれる方からも
判断なのか 理解なのかが わかってしまうので
お気持ちだけありがとうの場合が おそろしく多い・・・残念。
あと ピュアなダメ感というのは 最近わかってきたことでもあるけど
この検証は 自分の価値基準をさぐるには 大事かなって思いますね。
相手と対応するときには 楽しいことばかりが
おきるわけではない。
相手に対して 嫌な感情がわいてくるときは
自分の内的なものが 投影されてる場合のときと
ピュアにわきあがってくる ダメ感みたいなときがある。
前者の場合は ブロックが関わっていることで
みたくない自分が 相手に投影されたときなので
ぎゃー いやいやいやいや やめてぇぇ~~~
みたいな 見たくない衝動にかられるので わかりやすい。
その場合は 嫌な感じがある前提で
その奥にある 「本当はどうしたかったの?自分」を
理解してあげられれば ブロックからは開放される。
嫌な感情がわいてくることについて
「誰かに嫌いとか汚い感情をもってしまう自分はダメだ。」
とか
「もう絶対嫌いだ、嫌だ、嫌といったら嫌。」
とか思うとしたら それは自分に対して
ダメとか嫌とか 判断を下しているということ。
前者のように 自分に対して 理解をもとめないで
後者のように 自分に対して 判断してしまうという現実が
とてもとても多いと思う。
これは 自分にそうであれば 相手に対しても
もちろんそうなってしまう。
あと ブロックの投影ではなくて ピュアにダメ感というのがある。
これは 嫌だとかみたくないとか そういう感覚はなくて
相手に対して 人間失格 というかそういう感覚が出てくるもの。
自分が大事にしている 価値基準を崩壊させる要素のあるものに対する
自分への守護の感覚かなと 思われる。
生命が危ないというときに 守ろうとする感覚と同じかな。
これは 自分の中心軸を保つためには けっこう大事かなって思う。
なので 相手に対して なんだかわからないけど
ダメ感を持ってしまう自分に ダメ判断を下すということは
自分をないがしろにすることになり 自分が殺されてしまう。
嫌な感情に対して ブロック投影なのか ピュアなダメ感なのか
という検証は とても大事かなって思う。
なんでもかんでも 外の世界が 自分のブロックの投影だ
などと すごく乱暴な発言をする方が多いのだけど
それは まったくもって 嘘だと思うな。
私自身は 判断と理解のとりちがえは もとから
めちゃめちゃわかってしまうので 強みなのだろうけど
人って判断を下すことが とってもお好きなようなのだ。
私は 自分に対してアドバイスしてくれる方からも
判断なのか 理解なのかが わかってしまうので
お気持ちだけありがとうの場合が おそろしく多い・・・残念。
あと ピュアなダメ感というのは 最近わかってきたことでもあるけど
この検証は 自分の価値基準をさぐるには 大事かなって思いますね。





