【ゆみあ式】愛の実践⑦
人は 好きな人には好意的な目線を持って
嫌いな人には否定的な目線を持って
好きと嫌いを 正当化しようとする。
私はそんな色眼鏡が 苦手で・・・。
公正さを失う色眼鏡を わざわざかけたくないから
好きとか嫌いに 囚われないように努力してる。
好意的でもない 否定的でもない
公正な目線っていう 透明でクリアな視線が
心地よい・・・。
そうでないと 真実は 見えてこないから。
よく いろんな人がいってる
人それぞれの真実があるっていうのは
ある意味詭弁で 人それぞれの真実というより
事実があるってことだと思う。
真実は 真理にもとづくものだから
普遍的なものであって だからこそ
人々は真実でつながっていられる。
事実の解釈の仕方っていうのは
人それぞれ 千差万別。
色眼鏡の数だけあるから・・・。
それを否定したいワケじゃないけど
あまりに詭弁を使って 自己正当化しようと
する人は多いし 真実も真理も
見えてない人が多いと思う。
だから つながりを感じられなくて
情で繋がろうとしてしまう。
私の体験からすると アーティストと呼ばれる人ほど
事実を真実に置き換えて 自分の物事の捉え方を
正当化して 作品に昇華してる人が
多いように思った。
まだ先があるのに なぜ 自分で限界を作って
そしてそれを人にまで 強要しようとするのか?
そこでとまるアーティストは 結局 二流。
一流を知ってる人は アーティストじゃなくても
どんな分野でも みな 同じところに到達してる。
それが 真理や真実の世界・・・。
事実を真実に起きかえて 人それぞれの見方があるのを
個性だと表現する。
けど それは 本当の意味で その人の個性ではなくて
ノットセルフの状態の正当化でしかない・・・。
そして 自覚することができない。
なぜなら 正当化しているから・・・。
本当の意味での個性とは その人が
こうしてやろうと思わなくても
自然とそういうふうにしか 出来ない状態のこと。
だから エゴが強い人ほど こうありたい自分と違うと
抵抗が強くて 本来の自分を認めることが 難しい・・・。
真理は 理屈ではなくて 感覚だから
説明できない・・・。
そして 体感して体現することでしか
表現できないんだろうって思う・・・。
私は 真理を現せる人でありたい。
私は真理を体感できるから だけど それを
理屈世界の人と理論したくはなくて
それはむしろ ものすごく消耗することだから避けたくて
だけどもう知ってしまってる真理を
無視していきるのは ものすごく辛いこと
しんどいことだから できるだけ体現したい。
嫌いな人には否定的な目線を持って
好きと嫌いを 正当化しようとする。
私はそんな色眼鏡が 苦手で・・・。
公正さを失う色眼鏡を わざわざかけたくないから
好きとか嫌いに 囚われないように努力してる。
好意的でもない 否定的でもない
公正な目線っていう 透明でクリアな視線が
心地よい・・・。
そうでないと 真実は 見えてこないから。
よく いろんな人がいってる
人それぞれの真実があるっていうのは
ある意味詭弁で 人それぞれの真実というより
事実があるってことだと思う。
真実は 真理にもとづくものだから
普遍的なものであって だからこそ
人々は真実でつながっていられる。
事実の解釈の仕方っていうのは
人それぞれ 千差万別。
色眼鏡の数だけあるから・・・。
それを否定したいワケじゃないけど
あまりに詭弁を使って 自己正当化しようと
する人は多いし 真実も真理も
見えてない人が多いと思う。
だから つながりを感じられなくて
情で繋がろうとしてしまう。
私の体験からすると アーティストと呼ばれる人ほど
事実を真実に置き換えて 自分の物事の捉え方を
正当化して 作品に昇華してる人が
多いように思った。
まだ先があるのに なぜ 自分で限界を作って
そしてそれを人にまで 強要しようとするのか?
そこでとまるアーティストは 結局 二流。
一流を知ってる人は アーティストじゃなくても
どんな分野でも みな 同じところに到達してる。
それが 真理や真実の世界・・・。
事実を真実に起きかえて 人それぞれの見方があるのを
個性だと表現する。
けど それは 本当の意味で その人の個性ではなくて
ノットセルフの状態の正当化でしかない・・・。
そして 自覚することができない。
なぜなら 正当化しているから・・・。
本当の意味での個性とは その人が
こうしてやろうと思わなくても
自然とそういうふうにしか 出来ない状態のこと。
だから エゴが強い人ほど こうありたい自分と違うと
抵抗が強くて 本来の自分を認めることが 難しい・・・。
真理は 理屈ではなくて 感覚だから
説明できない・・・。
そして 体感して体現することでしか
表現できないんだろうって思う・・・。
私は 真理を現せる人でありたい。
私は真理を体感できるから だけど それを
理屈世界の人と理論したくはなくて
それはむしろ ものすごく消耗することだから避けたくて
だけどもう知ってしまってる真理を
無視していきるのは ものすごく辛いこと
しんどいことだから できるだけ体現したい。