【ゆみあ式】愛の実践③
悪意を 想定しなければ
生命を 奪われるかのような
恐怖を 覚えてしまう。
だけど それが 結局 人間関係の
最悪のデメリットにも なってしまう。
臆病者は 生きる知恵を もつ必要があるのか?
私は 疑ってしまう自分を 汚いとは 思わない。
そうしなければ 自分を 保てないだけ。
そもそも 自分が 綺麗とか 汚いというような
思想は ハレと ケガレの 思想だろ?
そんなもの 元から ないんだろ?
綺麗と 汚いの 価値観や 概念は
これからの 世界に 必要なのか?
愛は すべてを 内包してる。
善や 悪や ハレや ケガレや 二元論は
ただ 今 そう在る状態として
認められれば よいだけであって
だから いいとか だめとか
判断するまでは よいとしても
いいは崇拝して だめを排除する っていう
その 結末の行動だけが
悪意のコントロールなんだよ。
人の心理に つけこんでる。
そこ わかってる人 ほんとに いないんだよ。
少ないんだよ。
良い悪いまで 消そうとするんだよ。
消そうとするってことが 悪意なんだって
なぜ わからない?
それが スピ系の罠だろう?
道徳の 罠?だろう?
ダメを 消す っていうのを ただ やめればいい。
ダメは ただ ダメなだけ。
今のところ。
次 どうするか次第。
ダメとは別に 合うと 合わないっていうのはある。
それは カルマによるところ。
今の人生は 今だけの 結末ではないから。
これまでの たましひの 体験の 総決算の今だから。
だから たましひの 歴史を 感じられない人
信じてない人は 人生を間違えるし
なめるし 勘違いだらけで いばらの道を
歩むことになるんだ。
さらに その たましひからの メッセージに
反抗して 抵抗するために わざわざ
いばらの道を選んで 人を 巻き込んでいくんだよ。
周りのひとは 愛があれば ゆるして
一緒にいてくれるだろう。
愛のないものは 離れてゆくのだろう。
私は つねに 愛でありたいと 願っている。
だけど 生身の人間として 疲れるときも ある。
そこは ゆるして ほしいと 思います。
まだ 死ねないと 思うから。
生命を 奪われるかのような
恐怖を 覚えてしまう。
だけど それが 結局 人間関係の
最悪のデメリットにも なってしまう。
臆病者は 生きる知恵を もつ必要があるのか?
私は 疑ってしまう自分を 汚いとは 思わない。
そうしなければ 自分を 保てないだけ。
そもそも 自分が 綺麗とか 汚いというような
思想は ハレと ケガレの 思想だろ?
そんなもの 元から ないんだろ?
綺麗と 汚いの 価値観や 概念は
これからの 世界に 必要なのか?
愛は すべてを 内包してる。
善や 悪や ハレや ケガレや 二元論は
ただ 今 そう在る状態として
認められれば よいだけであって
だから いいとか だめとか
判断するまでは よいとしても
いいは崇拝して だめを排除する っていう
その 結末の行動だけが
悪意のコントロールなんだよ。
人の心理に つけこんでる。
そこ わかってる人 ほんとに いないんだよ。
少ないんだよ。
良い悪いまで 消そうとするんだよ。
消そうとするってことが 悪意なんだって
なぜ わからない?
それが スピ系の罠だろう?
道徳の 罠?だろう?
ダメを 消す っていうのを ただ やめればいい。
ダメは ただ ダメなだけ。
今のところ。
次 どうするか次第。
ダメとは別に 合うと 合わないっていうのはある。
それは カルマによるところ。
今の人生は 今だけの 結末ではないから。
これまでの たましひの 体験の 総決算の今だから。
だから たましひの 歴史を 感じられない人
信じてない人は 人生を間違えるし
なめるし 勘違いだらけで いばらの道を
歩むことになるんだ。
さらに その たましひからの メッセージに
反抗して 抵抗するために わざわざ
いばらの道を選んで 人を 巻き込んでいくんだよ。
周りのひとは 愛があれば ゆるして
一緒にいてくれるだろう。
愛のないものは 離れてゆくのだろう。
私は つねに 愛でありたいと 願っている。
だけど 生身の人間として 疲れるときも ある。
そこは ゆるして ほしいと 思います。
まだ 死ねないと 思うから。