生き抜く生命の力を子供時代にネガティブに使ってしまうことの後遺症 | 【ゆみあ式】自分解体新書のススメ

生き抜く生命の力を子供時代にネガティブに使ってしまうことの後遺症

今の現代の傾向としては どちらかというと
子供時代から 過保護に過保護に 危険なことや
失敗の挫折を体感しないよう 親が過保護する。
それが 親の使命だと勘違いしてる人が 多い。

そうしてしまうと 生きる力が虚勢されます。

生命というのは もまれて 強くなる。
一度体験するから 次は学習して大丈夫になる。
免疫のシステムは まさに 生命のシステム。

そこを体験させないで 頭脳的にマインドコントロール
しているワケです。
これは 生命の法則に 完全に違反してるし
宇宙の法律があるとしたら 罪を犯してることになるでしょう。

それとは対照的に 子供時代に 生きる力 生き抜く力を
子供でありなから 200%活用させないと 生きてこれなかった
という体験をつむ方がいらっしゃいます。

主には 家庭環境が劣悪で 親が子供を護るとか 育てる
ということを 放棄している環境にありがちです。
あと そうではなくても 早くに親が他界した場合とか
人それぞれの理由はあると思います。

大人や護ってくれる存在のいない環境で 子供がそれでも
生きていかなくちゃ となってる場合
生きる力 生き抜く力を200%で活用して どうすれば
生きていけるのかだけを考えながら 体験して知恵をつけ
どんどんどんどん 一人で生きる力を増幅していきます。

生命力完全燃焼です。
しかし ここで哀しいのは 生きていることに喜びが
伴わないということです。

むしろ 悲しみや怒りや苦しみしかもてず
しょうがなく生きてますが 何か?
生きるためにやるしかなかったから やってきただけ。
それで全部自分でできるし 一体誰が助けてくれてるって
いうんですか? 別に結構です。

みたいな メンタルパターンが出来てしまうということは
哀しい後遺症といえるでしょう。

せっかく生まれてきて 生きる力の生命力を
完全に使っていても そこに 喜びがないのですから...。

こうみていくと 喜びというのは 自分ひとりの中には
もともと無いもので 他者や人ではないなにかの存在と
交流することで うまれる感情だといえるでしょう。

子供時代に 喜びをかわす相手のいない環境で
生きるしかなかった時代を生き抜き 大人になると
社会には順応できても 個人的なしあわせを獲得する
ということが むつかしくなってしまうということです。

一人でやってこなくてはならない環境に 生まれた自分
その環境を認めるためには 霊性に目覚めるしか
ないかもしれません。

あえて そんな環境を選んできた自分。
両親もけして そうしたくてそうしたわけではなく
そうするしかなかったという背景的な祖先のつながりなど
たましいの視点をもって ゆるしていく方向性を
与えられてきて生まれてきた自分を 認める旅が
まっています。