感情を無視すると・・・【2】
【感情表現の抑圧...陰タイプ】
感情の表現を やめていきます。
うれしぃことが あります。
腹がたつことが あります。
悲しいことが あります。
うれしぃことは 積極的に表現します。
うれしぃことを 相手に伝えると
相手からも うれしさが 返ってくることが多いので
問題なし よし とします。
腹がたつことがあったとして
怒りの感情を そのまま表現すると 相手が
嫌な思いをする イライラする 悲しくなる
といぅ 自分にとって 不都合な相手の具合が生じます。
その相手を みたくなぃのです。
なので 腹がたつこと 怒りは表現しません。
そして 感じなかったことに しよぅとします。
怒りを感じた自分自身に 怒りの感情は
平和なコミュニケーションを疎外する といぅ
プログラミングを行ないます。
そして 感じなかったことに なってゆきます。
これは 相手のためでなく 自分のためです。
悲しいことがあったとして
悲しみを そのまま表現すると 相手に
負担をかける 心配させる つまらなくさせる
といぅ 心配がおきてきます。
平和で円滑で楽しいコミュニケーションが 絶対なので
場が悲しくなるのは さけなければなりません。
なので 頑張って笑顔をつくります。
これも 相手のためでなく 自分のためです。
一生懸命 相手に負担をかけず 円滑なコミュニケーションを
する運びになるよぅに 頑張っているので
相手のためと 場のために がんばっているつもり。
だけど 本当のところは ただただ自分自身のために
そぅやっているだけです。
こぅいぅ状態の時 ただただ 相手の反応ばかりが
気になっています。
自分の感情を どのよぅに表現するか といぅよりも
相手ベースで 自分に嫌な感じが返ってこなくするには
どぅあるべきか? といぅことだけ 考えます。
そこに ものすごぃエネルギーと気力を使います。
なので 人と一緒にいると 疲れます。
このよぅな状態が 長年続いていくと
もはや 自分自身にどんな感情が湧いてきてるのかが
わからなくなります。
誰かから 何かアドバイスを受けたり 指摘されたりしても
もぅ気力を尽くしすぎているために 受け入れることが
難しくなっています。
「わたしは こんなにがんばってるんだから!
もぅ いっぱいいっぱぃ!
そんなわたしに これ以上 どぅしろといぅの???
やめてやめて うるさぃ!!!!」
それすら 表現できずに ただただ マインドをつかって
理論武装をしていきます。
こぅなってくると もはや 誰も何も その人に対して
いぇなぃし いぃたくなくなってくるものです。
そして どんどんコミュニケーションをとるのが
むつかしくなってゆくと 現実逃避の傾向が強くなります。
うつくしぃ風景 ただただ穏やかでやさしぃ笑顔
しずかな時間を すごしてゆきたぃ。
それが 願いとなります。
そして 生きていくのが つらくなる。
何だかわからなぃけど 八方ふさがりな感覚ばかりあります。
感情表現をとめて 陰のきわみの状態といぇます。
感情は どんな感情でも その時その場で 表現することが
自然です。
私自身は この陰のきわみのタイプでした。
うちの場合は 両親ともに このタイプだもんで
長女の私は 完全コピーですね。
20歳のときに上京して そこで出逢った人達が
自分とは全く違う世界に住んでいる といぅ事実が
わかってきて すごく衝撃をうけました。
と同時に なんで自分は こんなことになっているのか?
原因を追求していくと 親にいきつくのですね。
そのころは 親や家庭を恨んでました。
と同時に どぅすれば みんなみたぃな 自然で自由な
世界に生きられるの? といぅことばかり 考えてた。
理論武装はしていながらも 自己改革したぃといぅ思いもあったので
ものすごく時間がかかったのですが なんとか脱却出来たのでした。
私の場合は 自己改革を社会の中で 生きることで行なったので
20代後半から30代後半までは リハビリ社会生活でした。
本来なら 結婚したり家庭を持つ時期でもあるのだけど
人生やりなおすといぅ感じで 他の人とは比べない
自分は自分の人生を自分でしか歩めない といぅ責任のもと
どぅしても 自分で生きたい といぅ思いだけで
リハビリしてました(苦笑)
なんでこんな話? といぅと
先日のセッションで こんな過去の自分と同じ方が
いらしたからなのですが...。
感情は どんな感情でも その時その場で 表現することが
自然です。
といぅ世界があるといぅことを 受け入れがたいよぅでしたが
自分の内的世界を守ることに つかれた時は
思い出してほしぃなぁ...。
感情の表現を やめていきます。
うれしぃことが あります。
腹がたつことが あります。
悲しいことが あります。
うれしぃことは 積極的に表現します。
うれしぃことを 相手に伝えると
相手からも うれしさが 返ってくることが多いので
問題なし よし とします。
腹がたつことがあったとして
怒りの感情を そのまま表現すると 相手が
嫌な思いをする イライラする 悲しくなる
といぅ 自分にとって 不都合な相手の具合が生じます。
その相手を みたくなぃのです。
なので 腹がたつこと 怒りは表現しません。
そして 感じなかったことに しよぅとします。
怒りを感じた自分自身に 怒りの感情は
平和なコミュニケーションを疎外する といぅ
プログラミングを行ないます。
そして 感じなかったことに なってゆきます。
これは 相手のためでなく 自分のためです。
悲しいことがあったとして
悲しみを そのまま表現すると 相手に
負担をかける 心配させる つまらなくさせる
といぅ 心配がおきてきます。
平和で円滑で楽しいコミュニケーションが 絶対なので
場が悲しくなるのは さけなければなりません。
なので 頑張って笑顔をつくります。
これも 相手のためでなく 自分のためです。
一生懸命 相手に負担をかけず 円滑なコミュニケーションを
する運びになるよぅに 頑張っているので
相手のためと 場のために がんばっているつもり。
だけど 本当のところは ただただ自分自身のために
そぅやっているだけです。
こぅいぅ状態の時 ただただ 相手の反応ばかりが
気になっています。
自分の感情を どのよぅに表現するか といぅよりも
相手ベースで 自分に嫌な感じが返ってこなくするには
どぅあるべきか? といぅことだけ 考えます。
そこに ものすごぃエネルギーと気力を使います。
なので 人と一緒にいると 疲れます。
このよぅな状態が 長年続いていくと
もはや 自分自身にどんな感情が湧いてきてるのかが
わからなくなります。
誰かから 何かアドバイスを受けたり 指摘されたりしても
もぅ気力を尽くしすぎているために 受け入れることが
難しくなっています。
「わたしは こんなにがんばってるんだから!
もぅ いっぱいいっぱぃ!
そんなわたしに これ以上 どぅしろといぅの???
やめてやめて うるさぃ!!!!」
それすら 表現できずに ただただ マインドをつかって
理論武装をしていきます。
こぅなってくると もはや 誰も何も その人に対して
いぇなぃし いぃたくなくなってくるものです。
そして どんどんコミュニケーションをとるのが
むつかしくなってゆくと 現実逃避の傾向が強くなります。
うつくしぃ風景 ただただ穏やかでやさしぃ笑顔
しずかな時間を すごしてゆきたぃ。
それが 願いとなります。
そして 生きていくのが つらくなる。
何だかわからなぃけど 八方ふさがりな感覚ばかりあります。
感情表現をとめて 陰のきわみの状態といぇます。
感情は どんな感情でも その時その場で 表現することが
自然です。
私自身は この陰のきわみのタイプでした。
うちの場合は 両親ともに このタイプだもんで
長女の私は 完全コピーですね。
20歳のときに上京して そこで出逢った人達が
自分とは全く違う世界に住んでいる といぅ事実が
わかってきて すごく衝撃をうけました。
と同時に なんで自分は こんなことになっているのか?
原因を追求していくと 親にいきつくのですね。
そのころは 親や家庭を恨んでました。
と同時に どぅすれば みんなみたぃな 自然で自由な
世界に生きられるの? といぅことばかり 考えてた。
理論武装はしていながらも 自己改革したぃといぅ思いもあったので
ものすごく時間がかかったのですが なんとか脱却出来たのでした。
私の場合は 自己改革を社会の中で 生きることで行なったので
20代後半から30代後半までは リハビリ社会生活でした。
本来なら 結婚したり家庭を持つ時期でもあるのだけど
人生やりなおすといぅ感じで 他の人とは比べない
自分は自分の人生を自分でしか歩めない といぅ責任のもと
どぅしても 自分で生きたい といぅ思いだけで
リハビリしてました(苦笑)
なんでこんな話? といぅと
先日のセッションで こんな過去の自分と同じ方が
いらしたからなのですが...。
感情は どんな感情でも その時その場で 表現することが
自然です。
といぅ世界があるといぅことを 受け入れがたいよぅでしたが
自分の内的世界を守ることに つかれた時は
思い出してほしぃなぁ...。