妄想世界と真実世界とどっちが現実世界なのかの勘違い
もぅそろそろ 価値観を変換してよぃ時だ。
だからこそ こんなことも 書けるのだ。
私たちは 価値観をもって生きるしかなぃ。
社会といぅ共同体に 所属している。
人は 一人では けしていきてはいけなぃ。
社会は 人間によって つくられている。
つくられる社会といぅのは 人間の学びのテーマに
よるところでもある。
そのための共通の概念が必要だった。
その概念を 常識として 社会は発展をしてきた。
それを 文明といぅのだろぅか?
人間の学びといぅのは 時期とともに 変遷していく。
自分といぅひとりの人間のテーマが 時期とともに
変遷していくのと 相似形でもある。
すべては シンクロしている。
自分といぅひとりの人間から 縁ある人間と
社会と 世界と 地球と 太陽系と 銀河系と
はてしなく 意識できなぃ世界へとつづく。
さらには 意識の世界 細胞の世界へ・・・。
それは はてがなぃ けど はてはあるかもしれなぃ。
どこまで認識できるか 知覚できるか といぅのが
自分といぅ人間のチャレンジでもあり 成長でもある。
さて話をもどそぅ。
価値観といぅ共通言語で 私たちは意志の疎通を行っている。
その価値観をもとに 社会で多くの人が 一緒に暮らすための
法律や規則がうまれる。
この地球での人間の意識の学びは おそらくは
「愛」といぅ価値観の学びと
「恐怖」といぅ価値観の学びとに 二分されて
行われてきていると予想される。
それは 地球と金星との かかわり合いによるところでもある。
それが 太陽系での 学びでもあった。
しかし 今回のアセンションにおいては 地球の学びは
太陽系から 銀河系へと 移行する予定であるよぅだ。
つまり
「愛」と「恐怖」の二分化の学びは卒業で
おそらくは
「愛」と「責任」の学びへと 移行するのではなぃか
と これは私の主観と直観と予感である。
だとすれば 私たちの価値観は 変化していかなければならなぃといぅか
変化する必要が必然的にある といぅか 変化していくことになる。
その変化の第一歩として・・・。
今現在の現実だと 誰もが信じて疑わない世界は
実は妄想世界であった といぅ事実に気づいて
自分の価値観を 反転させていく必要にせまられている。
誰もが 浮かんでくるビジョンやイメージにつぃて
ただの妄想や空想にすぎなぃといぅ 受け取り方を
それこそが 自分の源泉から沸いてくる 真実世界からの
メッセージであるといぅ 受け取り方。
そして 真実だと信じてきた世界の まやかしとまどわしに
気づく必要がある。
今現在の真実たと信じている妄想世界といぅのは
理屈でできてる世界であって 理屈で判別する世界でしかなぃ。
妄想だと信じてきた 自分の源泉から沸き出でるビジョンの世界は
感覚の世界であり 感性でしかキャッチすることはできない。
理屈なのか 感覚なのか。
感覚を理の世界へ変換するといぅのは
芸術、アートであり
理屈のみで感覚を縛るといぅ世界は
マインドコントロールでしかなぃ。
次の銀河意識は アートが基本にあることになるはずだ。
だからこそ こんなことも 書けるのだ。
私たちは 価値観をもって生きるしかなぃ。
社会といぅ共同体に 所属している。
人は 一人では けしていきてはいけなぃ。
社会は 人間によって つくられている。
つくられる社会といぅのは 人間の学びのテーマに
よるところでもある。
そのための共通の概念が必要だった。
その概念を 常識として 社会は発展をしてきた。
それを 文明といぅのだろぅか?
人間の学びといぅのは 時期とともに 変遷していく。
自分といぅひとりの人間のテーマが 時期とともに
変遷していくのと 相似形でもある。
すべては シンクロしている。
自分といぅひとりの人間から 縁ある人間と
社会と 世界と 地球と 太陽系と 銀河系と
はてしなく 意識できなぃ世界へとつづく。
さらには 意識の世界 細胞の世界へ・・・。
それは はてがなぃ けど はてはあるかもしれなぃ。
どこまで認識できるか 知覚できるか といぅのが
自分といぅ人間のチャレンジでもあり 成長でもある。
さて話をもどそぅ。
価値観といぅ共通言語で 私たちは意志の疎通を行っている。
その価値観をもとに 社会で多くの人が 一緒に暮らすための
法律や規則がうまれる。
この地球での人間の意識の学びは おそらくは
「愛」といぅ価値観の学びと
「恐怖」といぅ価値観の学びとに 二分されて
行われてきていると予想される。
それは 地球と金星との かかわり合いによるところでもある。
それが 太陽系での 学びでもあった。
しかし 今回のアセンションにおいては 地球の学びは
太陽系から 銀河系へと 移行する予定であるよぅだ。
つまり
「愛」と「恐怖」の二分化の学びは卒業で
おそらくは
「愛」と「責任」の学びへと 移行するのではなぃか
と これは私の主観と直観と予感である。
だとすれば 私たちの価値観は 変化していかなければならなぃといぅか
変化する必要が必然的にある といぅか 変化していくことになる。
その変化の第一歩として・・・。
今現在の現実だと 誰もが信じて疑わない世界は
実は妄想世界であった といぅ事実に気づいて
自分の価値観を 反転させていく必要にせまられている。
誰もが 浮かんでくるビジョンやイメージにつぃて
ただの妄想や空想にすぎなぃといぅ 受け取り方を
それこそが 自分の源泉から沸いてくる 真実世界からの
メッセージであるといぅ 受け取り方。
そして 真実だと信じてきた世界の まやかしとまどわしに
気づく必要がある。
今現在の真実たと信じている妄想世界といぅのは
理屈でできてる世界であって 理屈で判別する世界でしかなぃ。
妄想だと信じてきた 自分の源泉から沸き出でるビジョンの世界は
感覚の世界であり 感性でしかキャッチすることはできない。
理屈なのか 感覚なのか。
感覚を理の世界へ変換するといぅのは
芸術、アートであり
理屈のみで感覚を縛るといぅ世界は
マインドコントロールでしかなぃ。
次の銀河意識は アートが基本にあることになるはずだ。