アンチ(対抗)の王道をゆきながら闘わずして勝つには? | 【ゆみあ式】自分解体新書のススメ

アンチ(対抗)の王道をゆきながら闘わずして勝つには?

対抗 または アンチ

私自身 ハタチの時に 精神世界に目醒めたのですが
そのきっかけになったのは プラトン「イデア論」
といぅ1冊の本。
矢印
http://ja.wikipedia.org/wiki/イデア論
矢印
プラトンは変転する現象の背後にある
普遍的なものの存在を主張した。

イデアとは最高度に抽象的な完全不滅の実であり、
感覚的事物はその影であるとする。
イデアが存在しているのがイデア界(本質界)で、
その陰が投影されているのがわれわれ人間の住む現実界となる。

例えば、現実の世界に、円形をした物はたくさん存在するが、
いずれも完全な円ではないし円そのものでもない。
しかし、これらの円の背後には永遠不変で、完璧、
かつ抽象的な円のひな型であるイデアがあるとする。

人間の持つ感覚は不完全であるため、
五感によってイデアを捉えることは出来ない。
プラトンは、理性で認識することによってのみ、
イデアに至ることが出来ると考えた。



私にとっての 

本質といぅ 
とらぇきれなぃし 
意識しきれるとは限らないけど
確実にある法則

にそった 人間の在り方 

といぅのが 
この本に書かれていたよぅに 思ったといぅか
自分の中の無意識だったコトが 意識化された。

自分の中に そぅいぅ本流があったからこそ
精神世界への目醒めは 感覚主流な 
ニューエイジ感覚のものではなかったのだと思う。
なので ヒーラーとか セラピーとかに 興味がいかなかった。

当時の私は 自己表現にこだわっていた。
アーティストとして 本質といぅ世界観を
表現していきたぃと 願っていたのだった。

どんなに頑張っても 成功できなぃといぅのは
頑張ってる土壌が 違ってるってことにすぎなかったのだなぁと
今ならわかる。

土壌がわかってきた今 やっと 自己表現にこだわりをみせても
よぃ時期がきたと いぇるのかもしれなぃな...。

今後の そして来年のテーマは きっと
「現」なのだ 多分。

で ブログのタイトルにやっと行き着く。

アンチ(対抗)の王道をゆきながら
闘わずして勝つには?


私のやってるコトなど 社会の中の 多数派を王道とするなら
ただの対抗とアンチにすぎなぃと 思っている。

なのですが もっと上から目線的に視点をあげると
今現在が ただ多数派主流の学びの時期 なだけであって
さらに 今現在は 学びのテーマの変わり目でもあって
これまでの多数派と 小数派が 逆転するシフト点でもある。

そんな過渡期の中にあるので
絶対的価値観を啓蒙していく必要もある。

よく絶対真理を 否定してる人を みかけるのですが
真実に絶対はなぃ といぅふぅに 言ってみたりする。

絶対的な真実は 絶対にある。
それが イデア論のいぅトコでもあるのだけど
それを そのまま表現できなぃといぅところには

「絶対的真実を生きていなぃ人のことをゆるせなぃ自分がいる」

といぅところなのだと思われる。

ゆるせなぃ自分 といぅのがいると
戦わなくてはならなくなる。

つまりは...。

アンチ(対抗)の王道をゆきながら
闘わずして勝つには?


ゆるせなぃ自分を ゆるすしかなぃ。
といぅコトなのだと オチをつけてみよぅ。

思いつきのまま ダラダラと書いてみました...。