縁を切る、はありえない | 【ゆみあ式】自分解体新書のススメ

縁を切る、はありえない

「縁を切る」
といぅ言葉は よく聞かれると思います。

縁切り地蔵とか 縁切りセッションとかもろもろ。

たましぃやスピリットの領域からみていくと
「縁を切る」といぅのは あくまでも表層的な処置みたぃなもので
「感情コードのカッティング」とかと同じよぅな意味。

今 その人と一緒にいることで 出てくる感情や
惑わされる感情などから 自分を一旦切り離す必要がある時
といぅのは たしかにあります。

でもそれは 「縁を切る」では ありません。

「縁」なんて 自分で切ろうと思ったところで
切れるよぅなものでは なぃのです。

「関係が終わる」といぅのは あるのですが...。

「縁」は「カルマ」によるところなので
なにか 双方のテーマが克服されたり 解放されなぃ限りは
終わりません。

その人と離れたとしても また別の登場人物が現れて
同じテーマの学びが 繰り広げられるまでのハナシです。

関係がこじれてしまって 一時的に離れることが
双方にとって 学びがしやすいなら 
それはひとつの選択肢でもあります。

結果 テーマの克服、解放が行われれば
相手が誰であっても かまわなぃ。
といぅのが スピリット的な計画であったりするわけですから
人間関係の契約は 変更されることがあったりします。

でもそれは スピリットの決めることであり
人間のエゴで 逃れたいがためだけの理由なら
むしろ そのエゴの克服の学びが含まれたりで
そぅいった いろいろな学びのミックスで
日々はできあがっていったりしてるものなのです。