霊性の復活を
霊といぅ漢字をみると 多くの方は
幽霊をイメージされると 思います。
それはまぁ メディアによる
マインドコントロールといったところ。
霊は スピリットと訳せるのかな。
スピリチュアルは 霊性といぅ意味だといえます。
スピリチュアルといぅ言葉の意味は
見えないものの力に依存するとか 占いに頼るとか
妄信的に見えないものの世界を優先するとか
そぅいぅアンバランスな状態のことではなくて・・・。
単純に 私たちひとりひとりに
もともと宿っている 霊性に目覚めて
意識的に現実生活に もともとあるものとして
活かして生きていくといぅことに すぎなかったり。
霊性を完全否定することで もともとなかったものとして
あることを主張することを 悪としたり
そぅいったコントロールで 物質のみ目に見えるもののみが
正しく善であるといった これもマインドコントロールだったり。
だけど なぜそれを マインドコントロールとよべるのか?
霊性がもともと在ると 主張することこそ
マインドコントロールなのではなぃか?
といった 論争が限りなく 繰り広げられるわけです。
善悪をもちだすと 何が善で悪なのか?
それを誰が決めるのだ?
結局みんな マインドコントロールなんじゃなぃか?
そんなこと どーでもよぃのではなぃか?
日々楽しく生きてりゃ それでいんじゃなぃ?
といったよぅな 思考になっていったり・・・。
どーでもいぃならどーでもいぃ。
だけど ほんまは どーでもよくなぃ。
結局のところ 霊性も真実も善悪も
こころ(ハート)で感知するしかなぃエリア。
人が人として あたりまぇな暮らしをおくるための
ひとつの感覚でしかなぃ 霊性ですが
そこが 忘れられたから 切り離されたから
だから 日々が生きにくいといぅことでは
なかったか?
究極そこに かえってくる・・・。
霊性を伝えてきたものに 宗教がありますが
宗教ですら マインドコントロールの道具となってしまって
ほんまに なにがほんとのことか わからなくなった。
だけど 本物は 確かにあるし 存在してる。
ひっそりと・・・。
そこを見極める目を磨く 開くここも
霊性とかかわることでもあります。
今回訪れた アメリカユタ州ソルトレイクシティは
通称モルモン教 正式名称末日聖徒イエス・キリスト教会の
聖地でもあります。

町には大きな石造りの寺院が そびえておりました。
正直最初は あまりいぃ気がしなかった・・・。
宗教といぅだけで マインドコントロールといぅ
私のなかの既成概念がありましたから。
本当のことを知るためにも 寺院に足を運んでみると・・・。
日本人の留学生で 寺院でボランティアガイドをしている
姉妹(と呼びます)に出会い ガイドしていただきました^^
はじめて 末日聖徒イエス・キリスト教会につぃての由来など
正式にお話伺うことが出来 大変有意義でした。

音は 霊性スピリットとつながる領域では
かかせなぃアイテムといぅか 感覚的に内的にはいってゆける
ひとつのツールなのだと 思います。
ほかにも 色(絵)や香りなんかも。
アートは 感覚と科学をつなぐ架け橋だと思います。

本物追求は 霊性追及でもあり
自分の真実は 霊性を切り離しては
知りえることではなぃと 言い切りたいと思います。
霊性の復活を。
真実のフランキンセンスの願いでもあり
地球の願いでもある。

かなり とりとめもなく書いてしまぃましたが
霊性復活 そして 霊性追及は
私自身のテーマでもあります。
幽霊をイメージされると 思います。
それはまぁ メディアによる
マインドコントロールといったところ。
霊は スピリットと訳せるのかな。
スピリチュアルは 霊性といぅ意味だといえます。
スピリチュアルといぅ言葉の意味は
見えないものの力に依存するとか 占いに頼るとか
妄信的に見えないものの世界を優先するとか
そぅいぅアンバランスな状態のことではなくて・・・。
単純に 私たちひとりひとりに
もともと宿っている 霊性に目覚めて
意識的に現実生活に もともとあるものとして
活かして生きていくといぅことに すぎなかったり。
霊性を完全否定することで もともとなかったものとして
あることを主張することを 悪としたり
そぅいったコントロールで 物質のみ目に見えるもののみが
正しく善であるといった これもマインドコントロールだったり。
だけど なぜそれを マインドコントロールとよべるのか?
霊性がもともと在ると 主張することこそ
マインドコントロールなのではなぃか?
といった 論争が限りなく 繰り広げられるわけです。
善悪をもちだすと 何が善で悪なのか?
それを誰が決めるのだ?
結局みんな マインドコントロールなんじゃなぃか?
そんなこと どーでもよぃのではなぃか?
日々楽しく生きてりゃ それでいんじゃなぃ?
といったよぅな 思考になっていったり・・・。
どーでもいぃならどーでもいぃ。
だけど ほんまは どーでもよくなぃ。
結局のところ 霊性も真実も善悪も
こころ(ハート)で感知するしかなぃエリア。
人が人として あたりまぇな暮らしをおくるための
ひとつの感覚でしかなぃ 霊性ですが
そこが 忘れられたから 切り離されたから
だから 日々が生きにくいといぅことでは
なかったか?
究極そこに かえってくる・・・。
霊性を伝えてきたものに 宗教がありますが
宗教ですら マインドコントロールの道具となってしまって
ほんまに なにがほんとのことか わからなくなった。
だけど 本物は 確かにあるし 存在してる。
ひっそりと・・・。
そこを見極める目を磨く 開くここも
霊性とかかわることでもあります。
今回訪れた アメリカユタ州ソルトレイクシティは
通称モルモン教 正式名称末日聖徒イエス・キリスト教会の
聖地でもあります。

町には大きな石造りの寺院が そびえておりました。
正直最初は あまりいぃ気がしなかった・・・。
宗教といぅだけで マインドコントロールといぅ
私のなかの既成概念がありましたから。
本当のことを知るためにも 寺院に足を運んでみると・・・。
日本人の留学生で 寺院でボランティアガイドをしている
姉妹(と呼びます)に出会い ガイドしていただきました^^
はじめて 末日聖徒イエス・キリスト教会につぃての由来など
正式にお話伺うことが出来 大変有意義でした。

音は 霊性スピリットとつながる領域では
かかせなぃアイテムといぅか 感覚的に内的にはいってゆける
ひとつのツールなのだと 思います。
ほかにも 色(絵)や香りなんかも。
アートは 感覚と科学をつなぐ架け橋だと思います。

本物追求は 霊性追及でもあり
自分の真実は 霊性を切り離しては
知りえることではなぃと 言い切りたいと思います。
霊性の復活を。
真実のフランキンセンスの願いでもあり
地球の願いでもある。

かなり とりとめもなく書いてしまぃましたが
霊性復活 そして 霊性追及は
私自身のテーマでもあります。