昨夜は早く寝ようと0時過ぎにはお布団に入ったというのに、あの日の記録を求めて自分だけではなくあちこちのブログを遡り、流れでリベンジの記録まで読破してしまいすっかり寝不足の朝を迎えました。
あの日遭遇した母子。
翌日のお兄ちゃんの誕生日を家族で祝う為に都内の実家から横浜の自宅に戻る途中で被災。
下の女の子はまだ赤ちゃんでみんなでミルクのお湯や紙おむつを求めて走り回ったっけ。
電車が動き出して避難場所を離れる時、お兄ちゃんは床に直接敷かれた掛け布団の上ですやすや眠ってた。
自転車で駆け付けたお父さんの姿を見て安心したのかな?
まだ小っちゃかったのにわがままも泣き言も言わない本当にいい子でした。
下の女の子も春には年長さんでしょうか?
名前も何も知らないけど元気にしていてくれたらいいなと思い出すたびに思います。
あの日よりもさらに前、阪神大震災の年は1年ほど前から別居していた当時の旦那と離婚した年でした。
そしてあの年も震災の直後に1年ほど揉めてた家出旦那に三下り半を叩きつけた年でした。
私の家庭状況は震災とリンクするのか?
当時は半ば本気でそんな事も考えたよ(-。-;)
その頃は胸の真ん中に重い石か何かがずっと乗っかてる感じで、笑ってても何処か空々しい自分がいて、「心から笑う事なんてできるのかな?」って感じだったけど、目の前の越えなきゃいけないものに必死に立ち向かってるうちに自然に傷が癒えて行った気がする。
5年の間には大切な人も何人か亡くして、「何であの人たちが」ってやり切れない気持ちもたくさんあって、それでも生きてる者たちは前を向いて歩いて行かなきゃなんだなって。
辛い事も悲しい事も生きていればこそ。
先に逝ってしまった人の分も楽しんで笑って。
幸せになる事は先に逝ってしまった人からの宿題なんだっって。
早く提出しなくていいから、ゆっくり時間をかけて、いつかあちらに行った時に報告をする。
だからその日を楽しみに向こうでものんびり待っているって。
何だか訳わかんない記事になっちゃったけど何か残しておきたくて書きました。
昨日遡ってて思ったのよね。「記録って大事」って(笑)
自分の過去記事に励まされるとは思わなかったよ( ̄ー ̄)