もうとっくに看板になり店にはマスターと私だけ。
空になりかけたグラスについた滴を指先でなぞりながら数時間前におきた事を思い出していた。
分かっていた事…そうよ、わかっていた事よ。
それなのに、その言葉を聞いた途端、頭では分かっていたはずのその事を心が理解するのを拒んでいた。
「まだ飲むのか?」
残りを飲み干したまま両手でグラスを包み込んだままの私にマスターが声をかける。
『だめ? もう帰る?』 そう言って見上げると、マスターはいつものように視線を外しながら「構わないけどっ!」とため息まじりに苦笑いをした。
「水割りでいいな?」 そう訊くマスターに 『ううん、ロックにして♪』と応えた。
氷がグラスに足される音を聞きながら彼の言葉をもう一度思い出す。
心が理解する事を拒否したその言葉を…。
それでも泣けなかったなんて、素直になる術を忘れたのは何時くらいからなんだろう?
目の前に水割りが差し出される。
『マスター!私、ロックにしてって行ったよね?』
「いいから今日はもうソレにしとけって!」
『えぇ~~~~?!まだまだ大丈夫だよ~!』
「まだ大丈夫だろうけど…大丈夫じゃなくなる!」
珍しく視線を外さずにじっと見つめてくるマスターとの間に沈黙の時間が流れた。
「どんだけお前を見てきたと思ってんだ? 何かあったことくらいわかる。
今日のは酒飲んで忘れられるようなレベルじゃないだろ?」
グラスに映り込む明かりが店に来る途中で見あげた月を思い出させる。
冬の澄んだ空気に美しく光る月…。
月の光には不思議な魔力がある。 邪魔なものを連れ去り、人を素直にさせる。
『ねぇマスター…。胸貸してくれる?泣きたいの…』
「構わねぇけど…
こんな時くらい〈マスター〉じゃなくて名前で呼んでくれねーか?」
月夜は人を素直にさせる。
おしまい
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何だか久々すぎて、まとまりが…(;´▽`A``