それから数ヶ月が経って、季節は春の終わりを迎えていた。
雄輔の結婚が間近に迫っていた。
彼女が妊娠したらしいと決まった結婚だったが、後で妊娠は間違いだったと分った。
元同僚は煮え切らない雄輔に彼女が嘘をついたんじゃないか?って疑ってたけど、そんなことはもうどうでもよかった。
〈咲希ちゃん、いつ行っちゃうの?〉 つる兄が聞いてきた。
雄輔のお店。カウンターでつる兄と並んで座っていた。
『来週♪』
〈寂しくなるな~〉 カウンターの中の雄輔が少し困った顔をする。
私はここを離れ、南の島に移り住む事を決めていた。
『そんな顔しないでよ。飛行機に乗ればすぐなんだから、奥さんと遊びに来てよ』
〈でもさ~〉となおもグダグダのつる兄を見て笑う。
『明日の準備もしたいし、そろそろ帰ろうかな?つる兄、送って!』
「明日アパートに迎えに行くな」 そう言って雄輔が送り出してくれた。
〈明日か?雄輔とでかけるのって?〉 車に乗るとつる兄が言った。
ここを離れることを決めて、最後に雄輔と私は2人で遊びに行く約束をしていた。
〈本当にこれでいいのか?〉
『つる兄、しつこいよ!』 私は少し怒った。『・・・でも、ありがとね』
雄輔の結婚が決まった時、私は泣いた。
〈見てられなかった〉と、後になってつる兄に言われるほど泣いた。
覚悟はしていた事だったけど、彼女と一緒の雄輔を見る自信はなかった。
彼女が店の上にある雄輔の部屋に越してくる前にここを離れようと決めた。
『明日は楽しんでくるから。つる兄、ホントに今までありがとね』
笑ったのに、涙が流れてきて、つる兄はそんな私を軽く小突いた。
次の日は朝からとてもいいお天気だった。
以前に1度だけ雄輔と2人で遠出したことがある。
その時に行った海岸に来ていた。
『誰もいないね』
「あぁ、貸切だな(-^□^-)」
この海岸は道路から少し奥に入った所にあって、以前夏に来た時も人は疎らだった。
シートを広げ、小さなテーブルも出す。
今日は夕暮れまで雄輔とここで過ごす。
「こんなところでいいのか?」と雄輔は言ったけど、私はここで2人だけでのんびりしたかった。
「静かだな・・・」
『うん・・』
私の作ってきたお弁当を食べた後、雄輔はシートに寝転がっていた。
私は隣で膝を抱えたまま寄せては返す波を見ていた。
「咲希・・・今、何考えてた?」
『ん・・たぶん・・雄輔と同じ・・・かな?』
「そうか・・・」
このまま時間が止まったらいいのに・・・
「そうだったら・・いいのにな・・・」
『・・うん、そうだね・・』
日が長い頃とはいえ、夕暮れは確実にやってくる。
陽が沈み、あたりが暗くなり始めていた。
『そろそろ・・帰らなきゃね』 私から言った。
「咲希、ちょっとじっとしてて」 私の後ろに立っていた雄輔が言う。
『 これ・・・』 雄輔が私の首にネックレスをつけてくれた。
2匹のイルカがハートの形に向かい合っている。
「いつだったか『店手伝ってくれた礼に何か買ってやる』って言った事があったなと思って・・・」
『ありがと・・・。さぁ!帰ろ!』 そう言うと、先に立って歩き出した。
暗くてよかった。 涙があふれそうだったのを気づかれずにすんだ。
来た道を逆に走る。アパートが近づくにつれ口数が減ってくる。
アパートに着いた後も無言のまましばらく時間だけが過ぎた。
『ねぇ雄輔、最後に1つだけお願い聞いてくれる?』 前を見たまま伏目がちに言う。
「あぁ・・、何でも言ってみろ」
『・・・』
「?」
『・・・キス、してくれる?』 雄輔が驚いてるのが気配でわかる。
やがて左手を私のシートにかけると、雄輔の顔が近づいてきた。
眼を閉じる。唇と唇が軽く触れただけの優しいキス。
胸の奥がうずく。
『泣いちゃダメ!!』 必死で自分に言い聞かせる。
唇が離れると静かに眼を開けた。
『ありがとう』 微笑みながら言う。
『雄輔、元気でね。幸せになってね』 笑ってそう言うと車を降りた。
本当は泣きたかった。
でも泣いてしまったら雄輔への気持ちを抑えられなくなる。
だから必死になって我慢した。
ドアの前でもう1度雄輔の方を振り向くと笑顔で手を振った。
こうして、雄輔と私は別れた。
つづく