おはようございます、MIKOです。
今日は、
東日本大震災から
15年目となる3月11日です。
私が生まれ育ち、
今も実家がある場所は、
あの日、甚大な被害を受けました。
当時33歳だった私は、
実家から遠く離れた百貨店で
化粧品コーナーの
チーフを務めていました。
あの日、あの時、店頭で何が起き、
私が何を想ったのか。
そして、私の「美容の原点」
となった大切な人との別れについて、
今日はお話しさせてください。
2011年3月11日。
いつも通り接客をしていた午後、
聞いたこともない轟音と共に
緊急地震速報が鳴り響きました。
立っていられないほどの大きな揺れ。
棚から落ち、割れていくテスターの音。
天井からは水が滝のように流れ落ち、
悲鳴が響く……。
避難した公園で雪が降り始める中、
停電で暖もとれず、
ラジオから流れる絶望的なニュースに
震えるしかありませんでした。
海辺に近い実家、そして親戚たち。
携帯も繋がらず、
祈るような思いで過ごした夜。
一方で、
チーフとしてメンバーの命を
預かる責任もあり、
私は必死に役割を全うしようと
自分を鼓舞していました。
けれど、現実は無情でした。
幼い頃から私と弟を
本当の子供のように可愛がってくれた、
叔父と叔母。
探し回って1週間後に出会えた二人は、
遺体安置所にいました。
足の悪い叔母を、
一刻も早く安全な場所へ……。
そう願って車を走らせた叔父の深い愛情。
津波の被害を免れた叔父叔母の家の2階には、
叔父が私に用意してくれていた
「ホワイトデーのお返し」が
残されていました。
それは今も、私の宝物です。
80歳を超えても、いつも
お化粧とネイルをピカピカに整えていた叔母。
美しく装うことの楽しさを教えてくれた
彼女の存在こそが、
私が美容の世界に進むルーツでした。
震災直後、
私たちはメンバーとこう話していました。
「こんな大変な時に、
お化粧なんてする心の余裕はないよね……」と。
でも、それは間違いでした。
営業を再開した店にいらしたお客様は、
口々に仰ったのです。
「こういう時だからこそ、
お化粧で気分を明るくしたい」
「避難生活で肌も心もボロボロ。
なんとか元の自分に戻したい」
お客様の誰もが、
心に深い傷を負っていました。
その時、私にできることは、
美容の力で少しでもお客様の心を柔らかくし、
明るくしてさし上げること。
あの日から、私の想いは
一ミリも変わっていません。
私と関わるすべての女性に、
幸せになってほしい。
化粧品会社という場所を離れても、
この情熱を持ち続け、 これから出会う
お一人おひとりの力になりたいと、
改めて強く願っています。
空の上の叔父と叔母に、
「私は今も、美容の力で
誰かを笑顔にしているよ」
と胸を張って報告できるように。
今日という日が、
皆様にとって穏やかな一日でありますように。
大川小学校壁画(雨ニモマケズ)
牡鹿の海は震災前の美しさに
MIKO|28年のキャリアを経て49歳からの再起動
ー MIKO ー
化粧品メーカーで28年間、美容部員や講師として約3万人の肌に触れてきました。 3月末の退職を控え、現在は「自分らしい生き方」を再構築中です。
このブログでは、コスメコンシェルジュとしての知識と、
28年の現場経験で培った**「大人の美容の知恵」
そして49歳からの「日常を夜明け色に塗り替えるプロセス」**を綴っています。
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