こんにちは。

福岡県は大刀洗町のスピリチュアルヒーラー 
媛天照です。


今回は何の話にしようかな…、
迷っていたところに
ニュースで捕鯨再開のトピックが流れましたので、
そのことを糸口にお話ししていきます。


媛天照が小学生の頃、
給食には当たり前に鯨のお肉が出ていました。

塩鯨は幼い媛天照の大好物でした。

ある頃から、
「もうすぐ鯨のお肉は食べられなくなるらしい…。」
そんな言葉を耳にしだして、
数年経った頃には
気が付けば本当に鯨のお肉を口にすることは
なくなっていました。



つまりそれまでは我々日本人には鯨肉を食べる習慣があり、
それは肉食が一般化していく前…
戦前には長い日本史の中で文化だった…
ということです。


ところが、戦後高度成長を遂げ先進国となった日本人は、
欧米人と同じように牛肉・豚肉・鶏肉を
日常的に食べるようになり、
鯨肉を口にする割合は次第に減っていき
だんだんと目にすることすらなくなっていった…。

媛天照の幼少期はこの時期に当たるのでは
ないかと思います。



学校の給食からクジラが消えてからというもの、
鯨を食べることはほとんどありませんでした。

同年代の方なら同じような状況かと思うのですが、
稀に居酒屋さんで塩鯨かオバイケ、
それも数年に一度あるかないか…程度でした。

結婚をしてからは一度か二度くらいではないかと思います。

要は、無くても何ら問題のない食材でした。




2014年国際司法裁判所から捕鯨中止の命がくだされました。




確かに、日本の文化ではあったと思いますが、
一般家庭に支障の出る話ではありませんでした。

正直、詳しいことはわかりません。
日本の文化だっただけに、
関係者間では様々なことがあったのだろうと
想像することすら難しいです。

媛天照の感覚で言えば、
過去の文化だからです。

呼子には捕鯨が盛んだった頃の史跡が
県指定重要文化財としてあるほど。
その感覚です。

調査捕鯨だけが許されている…
と聞いていたのに、
私達が日常的に食料を買いに行くスーパーに
鯨のお肉が少量ながら常に売られていることに
違和感を感じていたくらいです。




ここ数日のニュースを見ていて思うこと…。

どうして…
国際司法裁判所の捕鯨中止を今更振り切り、
世界中の反感を買い
失望の声が上がる中
捕鯨再開をする必要がどこにあったのだろう…。

日本のどこかで鯨のお肉がないと
生活に困る一般の人々が捕鯨中止に反対の声をあげたなど聞いたこともないし見たこともない。
むしろ、一般社会でも
「どうして今更???」
という声のほうが断然多いのではないでしょうか。

媛天照には、
国際司法裁判所に楯突いてまで行う捕鯨は
今後もさらに進んでいくであろう
グローバル社会においての日本に
大きな影を落としただけとしか思えないのです。

そして、その社会で生きていくのは他でもない
子供達なのに…。






もう一つ感じることは、
イルカ・クジラを殺して食べることに関する話題で
牛・豚・鶏との比較や
宗教上の理由による肉食の話があがります。

とても違和感を覚えます。
生き物の種類によって命の重さが違うのか!?
と問いたくなります。

人天照が思うのは、
人間の利便性・勝手だけのために
動物達の命や生活が操作される。
そして食肉に関しては
残して余らせて捨てられている。
この不自然な物質世界に於いて、
余分な動物の命を奪わないで!!
動物達に尊厳を持って!!
ということです。

彼等もまた私達と同じ命です。
魂です。
人間と同じように生まれ親に育まれ、
命を生み育て命を終える愛の存在です。
人間となんら変わらず喜怒哀楽の感情を持っています。



動物達も人間も、
この地球上の1細胞であることに何ら変わりありません。
人間はすべてにおいてこの事を思い出し、
自分以外のものに尊厳を持つべきだと、
心から願っています。



そして、もう一つ。
イルカ・クジラがこんなに話題にあがるのも、
地球の波動上昇の現れではないでしょうか。

だって彼等は地球上に栄えた
最初の知的生命体なのですから。



新しく構成されつつある地球全体の意識が
そうさせていると媛天照は感じています。




それでは今日はこの辺で。



愛を込めて。

媛天照より☆