いろんなことがあり、とんでもなく辛いことも幸せなことも。いろんなことを毎年経験させてもらってだからそれが誰にどう活かされてるのかはっきりはわからないけど感じることもあって
経験の一つ一つが自分になって自分の色になって
新しく出会う人やずっと一緒にいる人たちになんらかの影響を与えていたり教えてもらったり
そして同じ波長の人たちに出会い恵まれたり
とにかく頑張って一生懸命生きてれば、その道にあったその道でしか出会えない人たちや景色があって、てゆう流れがつかめてきた。
いろんなことがあるけど、こんなわたしと出会って共感して関わり支えてくださる全てのもの人ことに感謝だし、これからも自分らしく余裕を持ってキラキラして生きていきたい。
振り返れば去年は、自分の命より大事なこの世界で一番愛している子を失った。
身内や友人の親、同級生にも、わたしには奇跡的に何人も愛する我が子を失った人との繋がりがある。だからその人たちとみて関わり当人の思いを聴いて、毎日が当たり前じゃない、普通に子どもが生まれて生きていてくれることの奇跡、普通の人より感じて生きてきたし一緒に悲しんできたけどやっぱり当事者の辛さって尋常じゃない。
けど同じ痛みを持った人の言葉はやっぱりささるし響く。だからこそ誰かの痛みがわかるようになってそうやってたくさんの気持ちを経験して人は優しくなっていくんだなって思う。何も痛みを知らないで人を傷つけてしまうあさはかな人間にだけはなりたくない、、
ただ、一番に思うことは、死んでしまってもどうにかしてどうしても毎日会いたいって思う。これは悲しみや苦しみとは違って自然的に思ってしまうんだよね。わたしの場合は15年一緒にずっと生きてきた愛犬だけどそれが自分で産んだ愛娘だったり息子だったり形は違うけど亡くす痛みは同じで、家族を失うこと。
会いたいと思うけど、いつか必ず会う日まで一生懸命生き抜こうとも思う。
愛する子の最期に誠心誠意すべての時間や心、想いを力を全て使い切ることができたことの幸せ、それから失ってからの辛さや気持ちに出会えたこと経験できたこと、これはきっとわたしをさらに成長させてくれたと思う。
一つの命の終末期を体験でき支えることができたことで
一つの人間の命の終末期を支える仕事である今とろうとしている資格、この資格を持って働いてみたいって気持ちが強くなった。それは愛するこのおかげ。
だから今年は、
資格の勉強がんばりたいな。
先は見えないけど
何が起きても誰かを支えていける助けられる
そんな人でいつもいたい。
親に続いて子供の子の方も、もう終末期。立て続けに亡くなろうとする命、ちょっとそこに思いをはせると辛すぎるけど、悲しみに暮れててもしょうがない。いつから亡くなるものだから。
親と同じように大事にしてる親友の親だったり、職場の一番大好きな非常勤さんだったり、仲良くしてるおじさんの奥さん、、みんなに癌が見つかった一年でもあった2019。
わたしの愛する子も癌で亡くなった2019。大きな病気を前に、自分の無力さを痛感するけどほんと、下を向いてても意味がないし愚痴こぼしても何も進まない、前を向いてたまにはうつむきながらも少しずつ前進していきたい。
新しい命や終わろうとしている命
どんな命も大切にできる人間でありたいな。
毎日毎日できることが減っていって昨日できたことができなくなって何も食べれなくなって立てなくなってって、そんな日々を見ているとその逆の新しい命の成長を心から見ていたくなるね。どちらも大変だけど消えてなくなるこのために費やす時間と成長の中で費やす時間って本当に正反対の幸せだと思うの。それがわかっているのとわかっていないのとでは愛の深さも余裕も違うと思う。
姉も腕の中で自分の赤ちゃんが亡くなっていく経験をした、わたしも最後の瞬間まで腕の中で命を抱いた。こんな体験一生に一回でもできることじゃないから、最後の瞬間まで愛してると言えたこと、、一生忘れない。
そんな中でまた新しい年を迎えられたことに感謝。
言葉にすると単純で子供っぽいんだけど
ダイエットと試験合格と貯金!
それから去年より一つでも多くの人の笑顔をつくれる仕事をしたい!
仕事を毎日楽しくできてること、自分に自信を持てることの一つだから、
今年もわたしらしく、仕事も何事も
頑張ろー!
10月からいろんなところに一緒に行ってくれてたくさんの思い出を作ってくれて、わたしの人生をより豊かにしてくれている彼にも感謝でいっぱいの気持ち。
10年以上変わらずの親友で毎週のように会って大笑いしあう親友たちにも感謝でいっぱい。いつも支えてくれてありがとう。毎年そんな親友がいるから楽しく生きて笑って生きていられるよ、
もう長くはないと思うけど、毎日癒しをありがとうリッちゃん。最後の時まで愛するからね。
我が子と同じように、天使になってからも毎日愛するよ。