4月9日土曜日に
仙台に帰ってきた。
新幹線の復旧もまだで
車で送ってもらって
無事に仙台に到着。

スグにママの入院先の病院に行った。

予想を遥かに超えた
酷い状態で驚いた…

腎臓って
こんなに浮腫んだ。
と実感した。


次の日は
震災でダメになった家具の処分を手伝った。


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野球場を潰して
粗大ゴミ、廃棄処分品を
こんなにも大量に山の様に積み上げられている。

この光景ですらショックだった。

何十台も車が並び
思い出つまった
家具や家電を一瞬で破壊されてこんな姿に変えてしまった…。

それだけでも込み上げてくるものがあった。

そして
道路も道路と呼べる道ではなくなっていた。

実家のマンション周りもコンクリートが陥没。
落とし穴の様で道は波打ちだってる様にボコボコしている。

津波から免れた地域
仙台駅近郊ですら
東北外の地域の人や首都圏の人が見たら驚くだろうと感じた。
今日は~
買い替えたテレビが昼に到着してウキウキした気持ちの良い日を迎えた。

42インチから52インチの10インチ変わっただけで迫力満点で気分も上々。

その後は天気も良いからcocoのお散歩に~。
お買物に~。
部屋の整理に~。

珍しくいつもより早く旦那サンも帰って来て~

夕食を食べてから、
②人で仲良く部屋の物配置の整理して~
なんて、
今日はこのまま穏やかに
気分の良いまま①日が終わるハズだと思ってた…

お兄チャンからの電話。

今までずっと気にかけていたママの腎臓の数値が…
ついに…
不安が的中かぁ…
担当医師から入院の告知を受けたとの事。

その後、
やり場のない気持ちからか旦那サンとも口論になり悪循環。


病院から出てきたママは虚ろな目をして表情がなかったと言う。

何度目の入院だろう。

東日本大震災から
3週間経過して、
少しずつ気持ちも取り戻してきた最中に、
今までずっと
恐れていた腎臓の数値の悪化で、入院とは…

辛いだろう。
本当にやり切れない想いだろう。

人口透析だけは免れたい。と強く思っているはず。

今まで何度も何度も
命を失いかけ
でも、今もこうして
生かされてる奇跡に
日々感謝を
忘れてはいない。


でも、今回もどうか
これ以上ママに悲しみを
与えないで下さい。


アタシの花嫁姿を見るまで後少し。

6月20日に
地元仙台に帰っての挙式をする予定だった。

この震災で延期せざる負えない状況となった。

花嫁姿を見るまでは
死ねないんだから!

とずっと言い続けていたママ。

震災を乗り越えようと必死な中でママの胸の内は更にどん底に突き落とされたに違いないだろう。

ママからはまだ入院告知されたという報告を聞いてない。


でもママは気持ちに負けない心の強さをしっかりと持っている人。
『大丈夫!大丈夫!』

ママが小さな頃から
教えてくれた呪文。
辛い時には、
辛い時こそ、
心の中で
『大丈夫!大丈夫!』
と唱えれば、本当に
大丈夫になるから
大丈夫だよ。
と教え続けてくれた言葉。

今まで何度も壁にブチ当たってきた。
その時はいつも
大丈夫!大丈夫!
と言い聞かせてきて
本当に乗り越えてきた。


魔法の言葉。

ママのこれからが、
まだまだ
『大丈夫!』
であります様に…
毎日唱えよう。


明日は明るい声でママと話して~
少しでもママの励みになれる事を願おう。


アタシが落ち込んでいる余裕なんてないから。
6年前の4月2日が2人のスタートだった日クローバー

あの日から今日まで
ずっと一緒にいてくれて
今では彼氏から旦那に…
生涯添い遂げる相手へと変わり隣にいてくれる。

出会えた事に日々、心から感謝しています。

穏やかで気持ちを優しくさせてくれる人。

今も変わらず持ち続けられる想い。
違う人ではきっと抱けなかった想いだと思う。

2人が出会うまでの道のりがあり、こうして辿り着くまで…
色々な事もあったケド
結婚して半年が経ち
また新しい幸せを胸いっぱい感じています。

ありがとう。
いつもありがとう。

2人の
6年目の記念日…ハート


キラキラ2011年4月2日キラキラ