結構な期間、仲の良かった男がいる。
まぁ結局、愛情が重く、また、愛情が重いということを免罪符に傲慢な振る舞いをする私に耐えきれなかった彼は私を嫌いになっていき、結局別れた……いや、付き合っていなかったのだから、別れたというのもおかしいか。縁を切った。トーク履歴も連絡先もふたりで撮ったツーショもハメ撮りもなにもかも、お互いの目の前で、消した。ルノワールで。思い出の写真は100枚を超えていて、消すのに時間がかかった。

「将来なんてないこと分かってたのに。無駄な時間を過ごしたよ。さようなら」
最後の最後まで、私は強がることしかできなかった。馬鹿みたいに泣いていたから、強がりなのは相手だって分かりきっていたと思うが、愛情の冷め切っていた相手はただ自身が頼んだコーヒーのカップあたりに視線を向けて黙るのみだった。



それから時が過ぎた。
風呂に入って頭を洗おうと頭にシャワーをかけ、シャンプーボトルのポンプを押した私は、中身がなくなっていることに気づいた。

「え、マジか!替え無いわ」
一人暮らし特有の独り言を呟くが、実際、困った。ボディーソープで洗う訳にもいかないし……そう思いながら乱雑に置かれたボトルたちに目をやると、あるものが目に入った。
私は一回も髪に使ったことがない、緑色のボトル……そう、あの男が使っていたシャンプーだ。

なぜまだ捨ててないんだと思われるかもしれないが、未練があるわけでは一切ない。単純に貧乏気質の私は中身が半分ほど残ったそれを捨てられなかったのだ。前はウレタンマスクを洗うのに使っていたが、今は不織布マスクが主流になり私もそちらに切り替えたため使わなくなったのだ。マスク洗うのにシャンプー使うなというツッコミはやめてください。便利なのよ、ポンプ式。洗剤みたいに蓋回して開けなくていいし。

そんなわけで使わなくなり完全に存在を忘れていたし、視界にも入っていなかったのだが、入ってしまった。
これ…男用だけど、使って大丈夫なんかな、女の髪に…。
いやでも、一旦、他の選択肢も見てみよう。

①洗顔料(オルビス。泡がすごい。高め)
②メイク落とし(ちふれ。あんま使わない)
③シャワージェル(LUSH。髪にも使えるとほざいているが普通にキシついた過去がある)
④ボディーソープ(ニベア。これもそういや男の置き土産。ヌルつく)
⑤トリートメント(Fino。神)

①は高いから使いたくない。②は論外。③はキシつくから嫌。④は未知すぎて怖。⑤は後で使います。


だめだわ。
やっぱ一応シャンプーである緑のボトルを使うことに。

手に出してみるとスースーする。シャンプーに清涼感いらんやろ。洗ったらそれですでにサッパリするんだから。アホなんか。
髪につける。そんなに泡立たないので4プッシュくらい使った。相変わらず清涼感があり、冬場だと辛い。

そして香りで思い出すあの男の記憶。なんでか知らんけど、あの男がうちのシャワーを使うと全体的にシャワー室内がびちょびちょになった。なんでだったんだろう。立ってシャワーしていたからか?

不思議と感傷的な気分にはならなかった。それよりも洗い流しても洗い流しても残るわざとらしい清涼感にイライラしていた。なんだか、その後まで残る清涼感が、今奴を思い出している私を煽っているような気がして腹が立ったのだ。どんなに洗い流しても、完璧には消えないのかもしれない。あの男も。腹立つ。


使用感についてだが、その後にトリートメントをしたからか、意外と軋んだりはしなかったことが驚きだった。清涼感はあったが肌に対する刺激も対してない。普通にシャンプーですね、というのが感想だ。

替えを買いに行くのも面倒だし、使い続けてもいいかもしれない。私がこのまとわりつくようなスースーと、さわやかな香りに慣れてなんにも思わなくなった頃には、これを使ってる時にあの男を思い出すこともなくなるだろうから。