ブルドッグとキャバリアのブリーディングに関する裁判がノルウェーで行われています。第一審では、この2犬種の繁殖が違法であると言い渡されました。画期的な判決でしたが、先ごろ開かれた第二審ではその一部が覆える結果になりました。
今後、裁判は最高裁に持ち込まれるのか?その場合、結論はどうなるのか?愛玩動物の福祉に関する国レベルでの裁判に、引き続き注目したいと思います。今回は、これまでの経緯と、そこから改めて学びたいと感じることについて何回かに分けてご紹介します。
これまでの経緯
ノルウェー動物保護協会 (Norwegian Society for Protection of Animals: NSPA)は、1859年から動物の福祉向上に取り組んでいます。現在では、特にブルドッグ(イングリッシュ・ブルドッグ)とキャバリア(キャバリア・キングチャールズ・スパニエル)に深刻な遺伝性疾患がまん延しているそうです。
呼吸器などに遺伝性のトラブルを抱えるブルドッグ
無秩序な繁殖が原因で、ブルドッグでは呼吸器系のトラブル、キャバリアでは心臓や頭蓋骨の病気などが指摘されています。
キャバリアに多い脊髄空洞症も遺伝によって引き起こされる
昨年11月に首都オスロの地方裁判所で行われた第一審では、原告であるNSPAの訴えが全面的に認められました。この2犬種について、現状の繁殖が「動物福祉法(Animal Welfare Act 2009)」違反であるとされ、ブリーディングを禁止する判決が今年の1月に出ました。
被告のノルウェー・ケネルクラブや単犬種クラブおよび一部のブリーダーは、この判決を不服として高等裁判所(Borgarting Court of Appeal in Oslo)に控訴。9月に第二審が開かれました。
希望の光が増したキャバリア
11月18日に言い渡された第二審の判決は、キャバリアに関する第一審の判断を支持。
適切な繁殖でキャバリアの健康状態改善に期待がかかる
現在ノルウェーで行われている繁殖は、動物福祉法の第25条にある「遺伝的に身体面・精神面で問題を抱えるリスクのある繁殖をしてはならない」という定めに違反しているとの判断です。NSPAが提案しているように、今後は科学的知見に基づいて繁殖方法の改善が期待されます。
他犬種との交雑(クロスブリーディング)だけが、この2犬種の健康状態を改善させる方法だとNSPAは主張しています。ここで大切なのは、ブルドッグとキャバリアの繁殖そのものの禁止を求めているのではありません。
NSPAが求めるのは健全な繁殖
心身ともに健康な子犬が生まれるよう、遺伝学などを基にした健全なブリーディングが行われるようにするための訴訟です。代表のエアシャイルド・ロールドセット(Åshild Roaldset)獣医師は、今後への期待を語ります:
私たち専門家は、こうした問題について数十年にわたって声を上げ続けてきました。今回、再び司法の判断が下されたことで、 “(キャバリアの繁殖は)これまで通りには続けられない” でしょう。(NSPAのプレスリリース)
ブルドッグの受難は続く
NSPAは第一審を「完全勝利!」と表現しましたが、第二審の判決は複雑なものとなりました。ブルドッグに関しては、第一審の判決が覆されたのです。健康問題が深刻であるとの主張について、科学的な証明が十分でないとされ、現状の繁殖が違法とは言えないと判断されました。
問題の証明が不十分と高裁は判断した…
NSPAは、「この犬種が遺伝性疾患によって深刻な健康問題を抱えていることは、100年近くにわたり(ノルウェー以外でも)様々な文献で指摘されている」として、今回の判決には「非常に驚いた」と言います。イギリスでの調査ではありますが、最近では今年の6月に王立獣医科大学(Royal Veterinary College: RVC)が論文を発表しています。
ブルドッグの健康状態は他の犬種と比べて著しく悪く、主な要因は極端な身体的形状を求める繁殖にあるとしています。それを踏まえ、
イギリスがイングリッシュ・ブルドッグの繁殖を禁止する国のリストに加わるのを避けるため、この犬種に関する定義(筆者追記: いわゆる “犬種標準など”)を直ちに修正することを強く提唱します
と論文で警鐘を鳴らしています。
イギリス以外でも同様に、ブルドッグを含む短頭犬種(いわゆる鼻ぺちゃのわんこ)の多くが多種多様な疾患を抱えていると言われています。さらにノルウェーでは、この犬種の近親交配率が35%に及びます。したがって、別の犬種との交雑以外に健康状態を大幅に改善する方法はないとNSPAは言います。
人間が作った "純血種" の定義と遺伝性疾患
近縁犬種の中から、健康な個体を選んでブルドッグと交配することが提唱されています。これに対し、 “純血” にこだわるノルウェー・ケネルクラブや単犬種クラブ、ブリーダーが反対しているという構図です。
クロスブリーディングによる遺伝性疾患の解消は、以前にご紹介したダルメシアンと同じ考え方です。「101匹わんちゃん」で有名なこの犬種は、人間が品種を "創る" 過程で尿酸を分解できない体質にしてしまいました。
イギリスの一部のブリーダーは、近い犬種のイングリッシュ・ポインターとダルメシアンを交配させる取り組みを行っているそうです。この品種 “改良” に対して、単犬種クラブや多くのブリーダーが反対していると聞きます。
唯一、尿酸を分解できない犬種
注目される次の展開
夏にロールドセットさんとリモートでお話した際、この件が「最高裁まで持ち込まれることを覚悟している」とおっしゃっていました。と同時に、健康な子犬が生まれるような繁殖方法にケネルクラブなどが合意してくれれば、「すぐに訴えを取り下げるつもり」だそうです。
"戦い" ではないと強調するエアシャイルド氏
この裁判の目的は、無秩序な繁殖による遺伝性疾患で苦しむ犬を無くすことです。繁殖業者などと喧嘩したいわけではありません。とても分かりやすい考えだと思います。
第二審は、ある意味で “引き分け” 的な判決でした。被告のケネルクラブやブリーダーも、原告のNSPAも納得していないでしょう。今後については、今のトコロNSPAからコメントはいただけませんでした。被告側が対話に乗り出すか、それとも上告するかも含め、今後に注目したいと思います。
ペット業界の世界的な傾向?
結局のトコロ、大切な家族の一員である愛犬が健康なら飼い主は幸せです。飼い主がHappyなら "お里" であるブリーダーも嬉しいはずです。評判も良くなり “ビジネス” (<= 敢えてそう表現します)にも好都合でしょう。ブリーダー業界が元気ならば、ケネルクラブも単犬種クラブにも良い影響があるはずです。
犬たちも含め、誰もがHappyな循環が出来上がります。でも、なぜかスムーズに受け入れられない…。
不思議な世界だと思いませんか?
ノルウェー(に限らず短頭犬種については世界的に問題提起されていますが…)ではマズルの極端に低いブルドッグとか、日本では体が極端に小さいトイプードルとか…。
フレブルも同様の問題を抱えている:オリジナルに近い体型(上)と現在ドッグショーで "優秀" とされる体型(下)(画像:REANIMAL)
近親犬を交配させ、手っ取り早く極端な姿かたちの犬を “作る” という安易な手法で子犬を高く売るというのは、世界的な繁殖業者の姿勢なのかも…?これは、まったくの私見ですが。
次回は、そんな世の中で私たち飼い主がNSPAの姿勢から学びたいことについて、改めて考えたいと思います。