早朝の肌寒さも少し薄れ、木々の緑は少し鮮やかさを取り戻すかのような天候の中、不自然にも裸足で一人さまよう少女がいる。広く森に囲まれ、豪邸であるセシリア家の豪邸を除けば、大自然極まりなく、少女はその綺麗な空気を体いっぱいに吸い込み伸びをしている。
「久しぶりの空気だわ」
彼女はそう言って、周りの景色を楽しみながら森の中のとある場所へと沈んでいった。
もう一軒のセシリア家……。それは、目立つ豪邸と比べるととてもこじんまりとして見えるかもしれないが、庶民からみるとまったくもって裕福なレベルに値する。それだけに、比較する豪邸が大規模に展開されているからかもしれない。少女は、そんなもうひとつのその豪邸の扉へ向かって歩いていた。
そのころ―そんな少女の存在に気がついていないそのもうひとつの豪邸の住人は、めったに鳴らない電話の音に反応し、受話器を取る。ショウの妻、サラである。
「もしもし?あ……。ゼグスさんお久しぶりです」
「すみません。ご無沙汰しております。あの、簡潔にお話したいのですが、サクラ……が研究室から脱室してしまいまして、予測ではそちらに向かっているかと!とりあえず私たちもそちらに今向かってます!危険ですのでサクラを家の中に絶対迎え入れないでください!こんな事になり、本当に申し訳ない!必ず彼女を連れ戻し、治療してみせますからご協力お願いします」
そう一方的な電話で、すぐに切れてしまった。
サラは困惑した表情をして、急な出来事に電話を手に立ち尽くしてしまっている。ただ、胸の中には恐れ、そして、不思議なもので嬉しさが入り混じっていた。現に……彼女は亡くなった旦那ショウに、事件以来、娘と再開を許されていなかった。それは、ショウが娘を事件に巻き込み、酷い姿にしてしまった現実を、妻に、夫のプライドとして、治療が完了するまで見せたくなかった……という事実がある。なので、いったい娘がどのように危険であるかも想像もつかず、ゼクスの電話の緊張感もサラにとっては、それを受け入れるのに困難だった。あれから時を経て、サクラの容態もだいぶ良くなっているのではないかという、親として、淡い期待を心の奥底で抱いてたりもした。
ショウが自殺した後も治療が完了するまで断固として、旦那との約束を守ってきたサラ。しかし、娘と再会できる? 複雑と不安の心境のままでいたが、二階の寝室で寝ているユタを危険に巻き込むわけにはいかないと思い、二階に上がろうとした時だった。玄関をノックする音、そして、か細い少女の声がこだました……。
「……お母さん……」
「……お母さん……?」
「会いたいよ……お母さん」
サラは無意識にも、カーテンに近づき、その隙間からサクラの姿を見つけると、想像以上に感情が高ぶった。皆が恐れているという想像と違う、あまりに普通の女の子の姿だった。サラは、大きく深呼吸して、ゼクスに言われた忠告を無視して、玄関に向かった。そして、二階で寝ているであろうユタの安全を祈り、静かに扉を開けた。そして……親子でよく似たその二人は再会をあらわにした。サクラはサラを一目見ると、くしゃくしゃの顔をして、サラに抱きついた。