2018年4月

 

 

 

 

 

 

ヒッツ(Hits)  さんのブログから

 

 

”聖なる諦め ~"無価値感"編~”が掲載されましたニコニコ音譜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諦めたら扉は開く」

 

 

 

で、何を諦めたのか?

 

 

 

大きくは2つ

 

 

 

 

 

『自分は無価値であるという無価値感』

 

 

 

 

『物事をコントロールしたいという執着』

 

 

 

 

「自分は無価値である」という

 

 

 

『無価値感』について

 

 

 

 

いつの頃からか、

 

 

 

「他人との比較により自分の価値を決める」

 

 

 

「世の中、上には上がいる」

 

 

 

「生まれながらの才能に圧倒的な差が存在する」

 

 

 

「内」の基準、

すなわち「魂(ハート)の声」が導く方向ではなく、

 

 

「外」の基準、

たとえば世間で言われる「成功」とはどんなものか、

 

 

 

という基準を追い求めると、

 

 

つまり、自分ではないものになろうとすると、

 

 

 

その先で待っているのは絶望だけです

 

 

 

「他人との比較によって自分の価値を決定する」

 

 

ことを辞めない限り、

 

 

このカルマのループを断ち切らない限り、

 

 

 

 

「自分には価値がある」

 

 

ということを認められないのです

 

 

 

 

だから、諦めてしまうのがいい、と思うのです

 

 

 

ここでの「諦める」とは、

 

 

 

 

一般的な「敗北」や「放棄」を意味する諦めではなく、

 

 

「自分には価値がない」という世紀の勘違いを手放して、

 

 

「他人との比較によって自分の価値を決定する」のを辞め、

 

 

 

『自分には価値がある』

 

 

 

『そのままの自分で完璧』

 

 

 

という絶対的な真実を受け容れること

 

 

 

です

 

 

『人は自分ではないものになれはしない』のだ

 

 

 

自分自身でないものになろうとするのは人間だけの性質です

 

 

 

リンゴは全身全霊でリンゴです

 

イチゴは全身全霊でイチゴです

 

木は全身全霊で木です

 

石は全身全霊で石です

 

 

 

つまり、

 

 

『価値ある存在として、ただただ自分自身で在る』

 

 

 

このことだけにフォーカスし続けるべきなんだ

 

 

と気づいたのです

 

 

 

それは、「外」は関係なく、「内」で完結することなのです

 

 

リンゴの種を植えたら、ちゃんとリンゴがなるんです

 

 

それぞれの内側(種)に必要なものは全部備わっているのです

 

 

つまり、自分には、最初から、

 

 

『自分の人生を謳歌するだけの資質は全部備わって生まれて来た』

 

 

ということ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を認めてあげるって

 

 

なかなかできなかった

 

 

 

 

他者との比較による自己価値って

 

 

小さいころから

 

 

感じていたことですあせる

 

 

家族の中でも、学生時代や就職先でも・・・

 

 

 

 

 

『価値ある存在として、ただただ自分自身で在る』

 

 

 

私は私でいいのです

 

 

もっと私を信頼してあげようラブラブ

 

 

 

○な私も

 

×な私も

 

 

全部大好きになったら

 

 

きっと世界が変わりますねラブラブラブラブ