第百五十五段 後半

 

 春が過ぎ夏になり、夏が終わって秋が来るのではありません。春は次第に夏の気配を装い始め、夏も秋の気配を漂わせ、秋はすぐ寒くなり、陰暦10月は小春日和となり、草も青くなって梅も蕾を付けます。

 

 木の葉が落ちるときも、落ちてから芽が出てくるのではなく、下から芽が出てくるのに押されるようにして葉が落ちるのです。これは芽が生気を宿しているため、葉が落ちるとすぐに芽が出るのです。

 

 生、老、病、死が移りくる事は、それ以上に速いのです。季節の訪れには決まった順番があります。しかし、死は突然やってきます。死は前からやってくるわけでなく、そっと背後に忍び寄ってくることもあります。

 

 人はみな、いつかは死ぬことは知っているのですが、死が急にやって来るとは思ってはいません。そんな時に、死は襲ってくるのです。沖の干潟ははるかに遠いといっても、足元の磯から潮が満ちているのと同じです。

 

 

 

 「死は背後から迫って来る」という事なのでしょうか。死を意識していきなさいという事でしょう。

 

 

「あまり意識しすぎるのもね。 言いたいことは分からないでもないですが。」

 

 

 庭の草むしりをしていると、冬場には庭の木の葉は落ちてしまい、このまま枯れてしまうのではと思ったことは一度ではありません。

 

 

「そんなになるんですか?」

 

 

 ところが、春になると新芽が出て、瞬く間に葉っぱを付けていきます。木の中に、生気を貯えていたのでしょう。その頃から、草むしりも大変なものになってきます。土の中で芽を出し機会を待っていたのでしょう。自然は凄いです。

 

 

「自然の生命力は凄いわね。」

 

 

 

 

この写真ですが、モモを見てもらうための物ではありません。キャットタワーの爪とぎが大変なことになっていました。下の4本の脚はもっと悲惨です。

 

 

「ヒメ、そんなに反省しなくていいよ。ほとんどはモモだから。」 父

 

 

 このままではいけないと思い。新しいものを買おうかと考えました。しかし、それは余りにももったいないので、ポールだけを買おうと思いました。しかし、これが高く新しいキャットタワーを買った方が安そうでした。

 

 これは自分で修理するしかないと思い、麻縄を購入しました。しかし、この麻縄は爪とぎポール用の麻縄でないといけないという事をネットで知りました。普通に売られている麻縄は油を含むので、ネットで爪とぎポール用の麻縄を買いました。(爪とぎした時に、麻縄の油が爪に着き、それをなめると体に良くないとの事でした。)

 

 

 

 

 何とか、出来上がりました。こんなものでしょう。

 

 

 

「これでまた爪がとげるわね。」

  - モモの一言 -