もう少しです。 徒然草 第百三十七段

 

 あの見物席の前を行き交う人たちの中には顔見知りが沢山います。これからも世の中の人の数が、さほど多くないという事が分かります。

 

(兼好さんが徒然草を書いた時の京都の人口は10万人~12万人くらいだったのではないかと言われてます。しかし、15世紀末になると30万人となり、日本で一番大きい都市となります。)

 

 

「こんな格好で失礼します。今の京都府の人口は257万人くらいですよ。」

 

 

 この人たちがみんな亡くなった後に自分も死ぬんだと決まっているのですが、待っていたらすぐにその時はやって来るのです。

 

 大きな器に水を入れて小さな穴をあけた時、滴り落ちる水はごくわずかです。しかし、絶え間なく滴ればそのうちに中の水は尽きてしまいます。

 

 

「穴が開いた器に水を入れるほうがどうかしてるのよ。」

 

 

 都の中には人は多いのですが、人が死なない日はありません。1日に1人か2人だけということはありません。

 

 鳥部野や舟岡(両方とも火葬場と墓地です。)、そのほかの野山の墓地で亡き人を送る数が多い日はあっても、全くない日などありません。

 

 だから、棺桶を作って売る人は、作り置きをする暇も無いのです。若かろうが強靭であろうが、思いがけずやって来るのが死なのです。

 

 今まで死を逃れてきたのは奇跡的な事なのです。わずかな時間でも、この世が永遠に続くようだと思っても良いのでしょうか。

 
 

「世の中あんまり深く考えたら面白くなくなるよ。」

 

 

 言いたいことはよくわかります。若い時はその実感はなかったのですが、歳をとるとわかるようになってきたと思います。

 

 だから出家して仏道を修行しようとは思ってはいません。

 

 仕事からも退きました。時間を大切にし、自分のやりたいことをやっていきたいと思います。

 

 

「お父さんのやりたいことって散歩と草むしり?(笑)」

 

 

 そのためには、体は少し鍛えなくてはならないようです。(笑)

 

 

 

「せいぜい頑張って頂戴!」

  - モモの一言 -