徒然草 第二十二段
何事も、古き世のみぞ慕はしき。無下にいやしくこそなりゆくめれ。かの木の道の匠の造れる、うつくしき器物も、古代の姿こそをかしと見ゆれ。
(何でも古い時代が心惹かれるものだ。今どきのものはどれもこれも卑俗になってしまっている。木工の匠が作る美しい器も、伝統的なものがよいと思う。)
まさに懐古主義そのものかもしれません。
「お父さん、”懐古主義”って何なの?」
「昔はよかった。」と口にしたら、老人のはじまりと言われますが、最近の年を取った人は前を向いて生きているので「昔はよかった。」という言葉を聞くことが少なくなったのではと思います。
吉田兼好さん10代後半で諸太夫、19歳で六位の蔵人、25歳で左兵衛佐に昇進したのですが、後二条天皇が崩御したので若くして隠居したのではないかと言われています。
「ひょっとしたら、まだ野心があったかもしれないわね。だから、自分のよかった時代と比べるのかも。」
鎌倉幕府から室町幕府に変わるまでの動乱期の時代から距離を置き、一人静かに隠遁生活を送ったのも懐古主義になった原因かなと思ってしまいます。
南北朝時代の兼好さんが品が下がっていくと嘆いた器物は、現代の人は名品だといっているのですから何とも言えません。TVはイヤミのように”なんでも鑑定団”が放送されていました。(笑)
「いつの時代のものでも、よいものは良いのよ。」
伊勢参りに行っている間、ブログは2日間休んでいました。2日目にはブログへのアクセス数がほぼない状態にまで落ち込んでいました。
アクセス数の少ないブログなので仕方ないのですが、もとのアクセス数に戻るのに今までは日数を要しました。ところが、今回はアクセス数の戻るのに日数を要しませんでした。
「言葉一つで変わるのかね。」
”#伊勢参り”が威力を発揮したのでしょうか。「ブログも神頼みか。」と思った私でした。
「そういうことは気にしなくていいの。」
- モモの一言 -
「私の出番がなかったんですけど。」