30ですけど今更、人生ってやり直せますかね!

30ですけど今更、人生ってやり直せますかね!

夜の世界、詐欺、不倫、嘘、二股、整形、借金、等々、波乱万丈(というか自業自得?)の過去語りを交えながら、人生詰み5秒前から這い上がる記録!(になればいいけど)

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普通のアルバイトをしていると、

収入と支出のバランスが全く取れませんでした。


月収12、3万なのに、10万くらいのものをポン!と買ってしまうのです。




最初のうちは貯金があったのでそれで良かったのですが、

貯金はすぐに底をつく。

そうすると、生活費が足りなくなる。


しかも、T店在籍時に私は車を購入しており、

毎月のローン(親名義)&自動車保険の支払がありました。


それも払えない月もあり、

父の勤め先に催促の電話がかかってくることもあったようです。



もうにっちもさっちもいかなくなり、

当然、再び夜働くことを考えだしました。



その時私は、21歳になっていました。


フラフラと街を歩き、声をかけてきたスカウトにテキトーについて行って、

紹介されたのが、P店でした。







続く。

T店では、最初はゆりかと一緒に行ったりしてたのですが、
ゆりかは専門学校にはきちんと行っていたので週2くらいでしか来ていなかったというのもあり
たまにしか会うことはなく、
そしてそのうちに来なくなりました。

ゆりかは、あまり指名が取れず悩んでいたそうです。
そこで、指名が取れなくても時給のいい「セクキャバ」で働くことにしたみたいでした。


私は大学1年の夏からまる1年、T店で働きました。

その1年で、色んな女の子と出会いました。
夜の世界は、本当に色んな女の子がそれぞれの事情で集まっている。
そのことについてはまた記事に書くことにします。



19の夏にT店を辞めてから、個人塾の受付でアルバイトを始めました。
時給750円。

「私は100万稼ぐ女。
 大学行ってフツーに就職するんじゃ勿体ない。
 私はいくらでも稼げる!!」

そう豪語していた私が、大学辞めてまでして結局時給750円のアルバイター。


まだその頃は、
「私はまだ若いから何してても大丈夫。
 アルバイトやったりして、生活きつくなったらまた夜働けばいいだけだし。」
そんなふうに思っていました。

キャバクラ時代の1年間に、月に何十万も浪費する癖がついていたことと、
上に書いたような考え方だったことの為に、

月のお給料12万で生活することなんて到底できず
(ちなみに、実家暮らしなので稼いだお金は100%自分のお小遣い!)

T店を辞めたときには200万あった貯金はすぐ底をついてしましました。


T店で働くことを選んだことで、大学中退---私は、将来に選びうる沢山の可能性を捨て去ってしまいました。


T店での勤務で得たもの、
それは、
無茶苦茶な浪費癖と、
「私はいつでも金欲しくなったら夜働けば稼げるんだ」、という

保険と妙な自信だけでした。



続く。

ゆりかから再び誘われて、
体験入店だけでなく入店したお店。
これは、俗にいう大衆キャバクラで、
セット料金は早い時間が5000円、
21時以降でも6000円。

18~21,2くらいの若いギャルが多い店でした。
仮に、T店とします。


そこで働いて1週間で、

「キャバクラ嬢は、私の、天職なんだ!」

本気でそんなふうに思ったんです。


後から色々な人に話を聞くと、
水商売でちょっと人気出た子は、たいていそう思うそうです。

入店2ヵ月目で、T店の指名本数No.1になりました。
売上げは、他の子に負ける月もありましたが、
指名本数No.1は、T店を辞めるまで他の誰かに譲ることはありませんでした。

月のお給料は、手取りで100万円くらい。
(これは安い大衆キャバクラのNo.1ならごくごく平均的な数字かと思います。)

私は完全に水商売の甘い罠に入っていました。

「私は100万稼ぐ女。
 大学行ってフツーに就職するなんて勿体ない。
 私は夜の世界でいくらでも、稼げる!!
 天職に出会ってしまった!」

そう思った私は、
あんなに頑張って合格し入学した大学を、
実現させた夢であるあの大学を、
入学の翌年の4月に、あっさり中退してしまいました。

天職。

もちろん、水商売が天職だと感じて、
その道で成功される方もたくさんいらっしゃいます。
しかし、そういう方には水商売というものに対して覚悟を持っています。

当時の私にはそんな覚悟なんて、ありませんでした。
ただ、目先のお金を追い掛けていただけでした。

その証拠に、
当時のカレシの「水商売とかやめとけよ」の一言でT店もあっさり辞めてしまったのです。

大学を中退して、わずか4ヵ月後のことでした。






続く。