前回の更新から1か月ほど経ってしまった。手術後1~2カ月は、まだまだ体力(筋力)が戻っておらず、家事をするのもやたらに時間がかかった。夕食の支度で台所にたつ時間が少し長くなると、すぐ疲れ、買い物に出て重い荷物を持つと、また疲れる。今、私にとって最も「重労働」は、風呂の排水口と浴槽洗いだ。中腰で、もたもたと(手際悪く)やっているので、腰が痛くなるのだ。そんな状況なので、パソコンに向かう時間があまりとれず、みなさんのブログをつまみ食い的に見るのが精いっぱいだった。でも、凱旋パレードは中継で見られたし、4月29日締切のパレード寄付金も、ぎりぎり間に合い、私的には精一杯(主観的にですが)の額も振り込めた。もう少しで術後3カ月になる。この3カ月が1つの区切りになる。

生ものを食べられる、よほどの雑踏でない限り外出自由、薬も減る・・などいいことづくめだ。私自身も、少しずつ元気を取り戻しつつある。

 

 ということで、遅ればせながら、CWWのもう一つの感想を書きたいと思う。(完全に浦島状態ですが)

 それは、現時点での羽生さんのすぐれた表現力を支えているのは、振り付けを担当しているジエフとシエイの二人なんだなと、強く感じたことだ。というのも、CWWで登場スケーターたちについて、最初に羽生さんが語るナレーションで、表現について具体的に語っているのが、この二人だからだ。

 

 ジエフについては、こう言っている。「ギターの1つ1つの音とか(を拾い)、ただギターにすべてを合わせるのではなく、ドラムの音とかも、すべての音を拾って曲すべてを表現してくれる。どんな曲でも、そのプログラムの世界観を表現し、どんな音でも逃さないで振付してくれる。」

 羽生さんは、ジエフから、さまざまな「音を拾う」こと、全体としてその曲のもつ「世界観」を表現することが、表現において大変大切なことであるということを、体得し継承していることが感じられたのだ。

 かつて野村萬斎さんは、「西洋の人たちは、音のすべてを表現しようとする。しかし日本の文化は省略の文化だから、表現しない音があってもいい、むしろその方が表現したい音を際立たせることができる」というような話をされていた。その意味で、ジエフの「バラ1」は、音をきめ細やかに拾うという意味で「西洋的」なのだと思う。逆に「SEIMEI」は、表現したい音だけを拾い、振付けられている。ただ、ジエフも萬斎さんも、「どの音を拾い表現するか」が表現力の一つの核心であると認識している点では共通しており、羽生さんは、ジエフと萬斎さんから、そうしたことを学び継承したのだと思う。

 

 一方、シエイについては、「クラッシクからポッスまで、どんな曲でも物語がみえる。その物語を自分から創りだしていく。彼女が思っている物語というのが強烈に伝わってくる。振付は大変独創的で、音楽を聞かなくても、振付をみれば、演目のすべてがみえる。」とまで言っている。(これは解説の中で言われていた言葉も含む)表現における「物語性」については、ある程度音楽の背景を知っている必要があるのかもしれないが、「SEIMEI」も、陰陽師の物語をある程度知っていれば、振付一つ一つの意味が驚くほど鮮明に伝わってくるし、「SEIMEI」独自の世界観がみえてくる。

フイギュアなど、あまり詳しくない夫が、「羽生君とハビエルには、明らかに世界観というか物語がみえる。でも、宇野君には見えない」と言っていたことを思い出した。宇野君を貶めるつもりはないが、私は、その言葉に共感した。曲のもつ「物語性」を表現するためには、曲自体の背景にある「物語」を深く理解することが大前提である。「陰陽師」の映画を見て研究を重ねたシエイと羽生さんはこの「物語」を深く理解してから振付に向き合っただろう。そこから、表情は少ないが、常に「精神の力」で悪に打ち勝つ、荘厳で力強いSEIMEI 像を作りあげることができたのだと思う。

 オーサーは、羽生さんが「ある時から急速にシエイに、なつき始めた」と言っていたことがある。多分、それは「オペラ座」のときだと思う。デビット・ウイルソンに振付を頼んだら、「君にはまだ早い」と言われたのだが、シエイに頼んだら、多分「わかったわ。一緒にやりましょう」と言われたのだと思う(私の個人的な推測)。CWWのインタビューでも、「選手がこの曲でやりたいと言ってきたら、それに応えるのが振付師の役割」だと言っていた。

 

 羽生さんの表現力の進化には、このふたり(+萬斎さん)だけではなく、おそらく多くの人びとが関わっていたとは思う。しかし、この二人は、表現について実際に滑ってみせたり、どんな物語をみせるか話し合ったりしながら、氷上で共通の時間をもつという点で、演技者(羽生さん)に対して最も直接的に影響を与え得る人びとである。それゆえに、この二人は、振付という作業を通して、表現力の核心とも言うべき「音楽のどの音を表現するか」「演技全体の世界観・物語性をどう構築し表現するか」という点について、多くを教え導いてくれた「先生」であったと言える。

 

 ジエフが羽生さんにすごく難しいステップなどをさせるのはなぜか、という質問に「僕の弟子で僕よりうまいのはゆづるだけなので、挑戦したい気持ちになるから」と答えていた。技術的に優れていて呑み込みの早い羽生さんだからこそ、そして世界一のスケーターだからこそ、振付師もやりがいがあるというものだろう。羽生さんは、彼ら二人の熱意に応え、自らも研究し、表現力を磨いてきたのだと思うし、その集大成が「SEIMEI」だと思う。

 

 「SEIMEI」は、本当に、歴史に残る大傑作だ。これまで、すりきれるほど録画を見て過ごしてきた。