この物語は時事録ではなく20年以上前に私が石屋になろうと決めた動機などのノンフィクションです。

 

 何故か姫川薬石の民俗文化や科学的観点からの研究に没頭する毎日。

いつもの糸魚川の常宿でクッションのヘタったベッドに寝転び何も考えず天井だけ見ていた。

この宿にはシングルルームはなく全室オールツインでベッドは簡素なパイプベッド。

私は狭く殺風景な閉所を好む人間なので1人宿泊には広過ぎる。

部屋の照明はツインの広さに60w蛍光灯一本。

雑誌を読むには暗すぎる

(当時はまだLEDは高価で普及していない)

私はTVは見ない性分で宿は風呂と寝るだけのスペースでしかない。

無心に天井一点を見つめ客観的に自分を考えていた。

 

ふと我にかえる。

私はここで何をしているんだ?

こんなシンプルな自分への疑問が湧いた。

 

あれほど甲府へ通い熱心だったファセットカットはどうした?

 

横浜から糸魚川へ思うがまま行動していたが交通費や滞在費など銀行口座を確認したら相当な出費になっていた。

これはいかん。

姫川薬石の研究をしたところで私になんのメリットはなく単なる趣味にしては浪費し過ぎてしまった。

現実を直視したらかなり冷めてしまった。

しばらく糸魚川へ来るのはのはやめよう。

 

憑りつかれたように研究した姫川薬石からしばらく離れることにした。

横浜の自宅に長い間放置していたファセッターを持つと「キーン」唸っている様に感じた。

それは喜びなのか怒りなのか哀しみなのか。

腹ペコの獣のようにファセットカットに向き合う毎日が続いた。

そしてまた磨いては失敗を繰り返す。

まるで自分の歩んできた人生だな。

紆余曲折、ネガティブ、トラウマ。

人からは逃げられても記憶からは逃げられない。

自分にとって石を磨く事は現実逃避する術なのだと思う。

黙々磨いた。

指が削れ出血しようが痛みもなく黙々と。

 

次回に続く