山梨県 甲府

私は現在でも年に10回以上は行く

 

ファセットカットの試行錯誤でそれまでに失敗を繰り返した時間と費用は少なくはない。

 

不恰好だが何とかひと通りやり遂げた。

この2個をカットするのに20時間は要しただろうか。

ぶっ通しで車を運転していたような感じ。

あまりにも入り込み過ぎて完成した直後急に朦朧とし脱水、過呼吸のような状態だった。

冷蔵庫に飲みかけのままいつから放置してあるか思い出せないコーラのペットボトルを取り出しがぶ飲みした。

甘い・・・  不味っ!

 

デスクに完成させたばかりのブリリアントカットの水晶とアメジストを置いて腕に顎を乗せ見つめていた。

落ち着いたら  安堵、満足、充実

座ったままの体制で泥の様に堕ちた。

 

首と肩が痛い。

2時間ほど寝落ちしたらしい。

気怠いな…そして口の中が甘い。

 

マジマジと数時間前に完成したファセットを見る

最初はこんなもんだろと妥協し達成感で顔が緩んでいる自覚があった。

 

LEDランプを点けルーペを覗いた。

自分でカットしたブリリアントカット。

達成感でニヤけ緩んだ顔が醒めていく。

未熟な研磨による粗が見えてくる。

言わなければ分からないような傷。

微妙に違うカット角度。

曇って霞んで力のない反射。

それらネガティブが脳に伝達されるほど感情を揺さ振る。

情け無く、やるせ無く、恥ずかしい

素人だから仕方ない?

いや、これで良しとした自分の気持ちの問題だ。

これが現実だ。

私はいったい何に満足していたんだ。

作ったばかりのブリリアントカットをゴミ箱に投げ入れたくなる衝動。

 

妥協は嫌いだ。妥協じゃ駄目なんだよ。

納得と妥協は天地ほど違う

 

どうやればもっと正確出来る?

どうやればもっと輝く?

どうやればもっと早く出来る?

どうやれば、どうしたら、どう…

 

空が紫から少し橙色にグラデーションする頃、私は中央高速を走っていた。

 

甲府に水晶加工技術が根付いたのは江戸時代末期と意外にも歴史は浅い。

 

江戸中期に水晶で眼鏡が作られる様になり、京都、大阪、江戸で水晶加工が盛んにされるようになった。

眼鏡のレンズを国産水晶で作っていたのを知った時は驚いた。

眼鏡に使う水晶は日向産(宮崎県)の水晶が良いとされたらしい。

私も現在手元に宮崎県産水晶があるが確かに日之影産や尾平、祖母山(高千穂)の水晶は透明感も素晴らしい。

 

眼鏡や工芸作品制作の需要で水晶を求め各地に職人が赴いたらしい。

京都の職人が甲府に来たと記録されているのは江戸後期。

その時に京都から甲府に水晶加工が伝授されたかは分からないが山梨で産出される水晶の質量は素晴らしく江戸後期頃から現在に至るまで甲府の水晶加工は京都から継承され甲府の産業として発展した。

 

まだ空は暗いがもうすぐ甲府に着く。

行く宛ても予定もない。

 高速のPAで仮眠していたら御天道様がそろそろ動けと瞼を赤くさせ脳を起こす。

もう少し、もう少しと、腕で瞼を隠し再度 眠り沼に飛び込もうと挑んだが容赦ない御天道様は無駄な抵抗だとばかり車内を灼熱の空間へと変えようとする。

わかったよ! 動くよ。

 

自分の中で何か変化が欲しかった。

具体的に何をどうすれば良いのかは分からない。

とにかく本物が見たかった。

 

行き当たりで失礼だが有名宝石研磨職人工房に連絡するとなんと快く見学させてもらえる事になった。

 甲府の宝石研磨職人の中でも研磨マスターの称号を持つ先生の工房で実際に体験もさせていただいた。

(お名前を公表して良いかわからず匿名)

労働者認定!これが 神の称号だ

甲府には日本で唯一、公立の宝石美術専門学校もあり宝石宝飾の全てが賄え、雄大な景勝地 昇仙峡や金峰山周辺では甲府花崗岩帯の乙女鉱山、八幡山、黒平、水晶峠など水晶の産地があり私にとっては聖地なのだ。

 

木製のタライの中に鋳物の様な金属盤が回転している。

金属盤とカーボランダム(研磨砂)に水を加え擦り合わせ石を磨いていく。

補助器具などは一切使わず己の手指のみで加工する手擦り(テズリ)と言う伝統技法だ。

 

座って石を持つ手は私

先生が撮影してくださった😅

 

私はファセットカットする為にファセッターと言う補助器具を使うのだが

↑ ファセッター

先生は補助器具なしの手擦りだけで多面カットをしてしまう。

研磨マスターの神称号を持つ先生を含めこの手擦りと言う技法だけで多面カットをやってしまうゴッドハンドは甲府に数名しか存在しない。

これぞ研磨職人   ゴッドハンド。

私の石磨きなどは神の手を持つ職人からしたら所詮素人の石いじり、素人の戯言でしかないのである。

 

先生に何を教わった訳ではない。

質問すると優しい顔で簡潔な答えが帰ってくるが眼光奥には鋭く厳しい光が宿って見える。

先生の手は365日 酸化クロム(研磨粉)で緑色になり石に魂を宿らせるその指は変形し長年培った技術とプライドを染み込ませている。

2個ブリリアントカットするのに20時間と ほざいていた自分が情けなく恥ずかしい。

いかに自分が小さく甘っちょろい人間か思い知らされた。

 

よし。 帰ってもう一度やり直そう。

 

次回に続く