藤田瞳美です。

 

「自信がないから動けない」

そう感じて立ち止まる人や

やりたいことをあきらめる人は、

実はとても真面目なんですよね。

 

慎重で、失敗を軽く扱わず

きちんと向き合おうとする人ほど

簡単に“自信を持つ”ことに

抵抗があるものです。

 

しかしながら、

自信とは不思議なもので

待てど暮らせど

あちらから自信は来ない。

 

自信とは、

「絶対にうまくいく」と

思える状態のことではなく。

 

自信とは、

「結果は分からないけど

やれるだけのことはやった」と、

言える感覚(手ごたえ)の

ことだと思うのです。

 

自信は、勝手に湧いて

でてくるものでありませんよね。


行動をひとつずつ積み上げてきた

「数」

だと思うのです。

 

つまり、自信は先にあるものではなく

行動の後に生まれてくるもの。

 

「絶対失敗しない」などの

確信は必要ない。


必要なのは、

ほんの少しの勇気だけ。

 

初動を小さく。

スモールステップで動いてみる。

 

完璧でなくていい。

うまくできなくていい。

失敗してもいい。

 

それでも一歩踏み出した事実は

自分の中に「できた」という証になり

その証が、次の一歩を支えてくれるもの。

 

どんなに頭の中でこねくり回しても

自信などつくことはなく、

結局は行動を通して

「あれ?わたし意外とできるじゃん!」と

少しずつ不安を減らせるようになる。

 

これを心理学では

“自己効力感” と言います。

 

逆に動かないままでいると、

不安は想像の中で

どんどん膨らんでいくんですよね。

 

まだ起きていないことを想像して

あたかも現実のように感じてしまう。

そして余計にこわくなり動けなくなる。

 

だからこそ、

自信をつけてから行動するのではなく

行動しながら自信を育てていく

この順番が、心に負担をかけない。

 

自信は才能でも性格でもなく、

日々の行動の積み重ねが生み出す

“手ごたえ” 

 

なので、行動し続ける人は

どんどん失敗して

どんどんダメな方法を知っていく。

そして、どんどん成果を出して

どんどん自信をつけていく。

 

「あの人は自信があっていいなぁ」

ではなくて、

あの人も自信がないまま

行動しているんです。

 

行動した分だけ、

自分を信じられるようになる。

それが自信になると思います。

 

ファイトです!!




 

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藤田瞳美です。

 

男女問わず、

上品さを持ち合わせている人には

目を奪われますよね。


見た目や所作の上品さもそうですが、

やはり内面からにじみ出る上品さは

“一日にして成らず” であり、

その人の生き方や在り方が

現れているものですよね。


上品な人はどこか少しドライに

見えるときがあります。

 

けれどそれは “冷たさ” ではなく

いい距離感の取り方を知っており、

自分を “すり減らさない” 術を

知っているからなんですよね。

 

人の関わりの中で、

・無理をしない。

・媚びない。

・執着しない。

・期待しすぎない。

・見返りを求めない。

という絶妙な距離感を

しっかり持たれている。

 

相手に好かれるために

無理をしない。


愛されるために

相手に媚びない。


相手を大切に愛するけど

相手を所有しようとしたり

執着しない。


心理学でいう

バウンダリー(自分の他の人の境界線)が

整っている証だなと思います。


そして、上品な人は

配慮はするけど遠慮はしない。


自分の正直な気持ちは伝えるけど

相手を傷つける言い方はしない。

相手を変えようともしない。


悪口を言われても

相手にしない。


親切にするけど

見返りは求めない。

 

親しく仲良くなっても

礼儀は忘れない。

 

こうした積み重ねが

上品さを生み出していくのでしょうね。


誰かに依存したり、

支配もせず

必要以上に求めすぎない。


これは、自分の軸が定まっており

自分の価値を相手の反応で

測ったりしない。


だからこそ

常に穏やかで振り回されたりせず

しなやかで自由な人間関係が

築けるのだと思います。


“上品さ” とは何かを付け足して

つくるのではないですよね。


むしろ、そぎ落とし、はぎ落として

テンション高くより、

心の重心が低くして

どんな場所で落ち着いていられる人は

周囲に安心を与える。


その安心感が上品さに

つながるのではないでしょうか。


飾ることなく

自然体で上品さを出せる女性。

そんな人に憧れます。




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藤田瞳美です。

 

基本的に表があれば必ず裏があり、

光があるから影もできるものですよね。

 

全て表裏一体のバランスでできている。

 

だからもし、自分の良いところが

“ひとつも見えない” と感じているなら、

それは、裏や影にばかりに焦点が

あてられているだけかもしれません。

 

少し視点を変えれば、

それは自分の魅力に気づけると

思うんですよね。

 

わたしたちは、

自分の短所や、自分の嫌なところは

簡単に見つけられるのに

好きなところや長所になると

急に見えなくなります。

 

でも、短所の裏側には

必ず同じ大きさの長所が

存在していると思います。

 

例えば

・わがままで我が強くて折れられない人は、

「流されない強さ」と

「芯の強いリーダーの資質」が

あるかもしれません。

 

・流されやすい人は

「人を受け容れるやさしさ」と

「協調性」を持つ人

 

・優柔不断な人は

「慎重さ」と「物事を深く考えられる人」

 

・マイペースな人は

「周りに振り回されない、穏やかさ」を持つ人

 

・ひとりで抱え込んでしまう人は

「責任感」と「誰かを守る力」が強い人

 

・何の取り柄もないと感じている人ほど

実は、ひとつに偏らない

「幅のある才能」を持っている人

かもしれません。

 

短所や欠点は、

長所があるから生まれるもの。

だから、短所や欠点ばかりではなく

それと同じ量の長所があることを

知っておくといいと思います。

 

そう考えると欠点や短所は

魅力の“別の呼び名”かもしれませんね。

自分に「欠」かせない「点」。

 

欠点の裏側にはまだ見つけていない

自分の魅力がまだ眠っているかも

しれません。

 

なので、

自分の良さなんて

一つも見当たらないと感じたら、

自分の嫌な部分を

書き出してみることをおすすめします。

 

それをひっくり返すと

それは全て魅力に変わるかもしれませんよ。

 

少し視点を変えるだけで

一気に視野が広がるものです。

 



 

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藤田瞳美です。

 

昨夜遅くに

青森県東方沖震源の

地震がありましたね。

 

これ以上、何もないことを

願うばかりですが、

「後発地震注意情報」が発表され

引き続き注意が必要ですね。

 

後発地震注意情報…

わたしのお勉強不足で

初耳のワードでした。

 

あまり聞き慣れない言葉は

なんとなく恐怖心を煽るものですね。

 なので、正しく情報を知ることは

大切なことですね。

 

こんなとき漠然とした不安は

精神的にもストレスを抱えるので、

不安を最小限にする手段を

取り入れることは必要です。

 

災害は、いつ、

起こるかわからないですし、

当然ですが、自分たちでは

コントロールは効かない。

 

そして

必ず起きることも事実ですよね。

 

だからこそ

「備えあれば憂いなし」の

精神は大切ですね。

 

“憂いなし”とは、

心配や不安がない状態のこと。

 

つまり、備えることで

未来の不安や不確かさを

少しだけ冷静に対応できる

自分を創れる。

 

コントロールできない事象は、

「準備する」という行為で

少しだけ不安を和らげますよね。

 

「心構え」

なんかもそうですが、

ある程度、想定して覚悟すると

ダメージは少ないかもしれません。

 

心理学では、

人は「自分で対処できる」と、

感じられたときに

不安が和らぐことがわかっています。

 

逆に言うと

「自分でコントロールできないもの」には

不安やストレスを抱くようになっています。

 

それは、災害に限らず

自分以外の他の人との

人間関係においてもです。

 

「備える」という行為は

未来そのものを変えることはできなくても

そのときの事象を冷静に対処できる

“自分の在り方” を整えてくれるかもしれません。

 

わたしは、動物がいるので

ペットフードとお水は、

常に予備を保管しています。

 

人間の大人であれば

いざというとき

何とでもなりそうですが

小さなお子さんを持つ親御さんも

「想像」と「備え」は大切ですね。

 

突然、想像以上のことが起きたとき

不安や恐れに支配されやすくなるもの。

それは当然のことです。

 

なので、“我先に” と

買い占める衝動がおきたり…。

それは自分を守るため、

大切な人を守るために、

起きて当然の心理状態だと思います。

 

けれど、日頃の備えは

その衝動を「奪い合い」ではなく

「譲り合い」へと

変えてくれるものだと思います。

 

備えるとは、

不安や恐怖におびえるのではなく、

安心させるための知恵だと思います。

 

わたしたちは、何においても

“分からないこと” に、

恐怖を抱きやすいものです。

 

だから、未来への不安が

ふとよぎることもあります。

「こうなったら、どうしよう…。」

など…。

 

それらも「想像」と「備え」で

ある程度のことを想定し

少しでも自分でコントロールできると

不安は軽減されるかもしれません。




 

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藤田瞳美です。

 

「プライドを持つ」と

「プライドが高い」という言葉は

同じプライドでも、

その中身はまったく違うものになりますよね。


本来の意味は

“誇り”や“自尊心”でもあります。

 

自分を誇れる強さや

自分を尊重できる強さは、

それは本来とても魅力的ですよね。

 

一方でプライドには

“高慢”や“傲慢”という

意味もあります。

 

いわゆる「プライドが高い」と

ネガティブなイメージで使われるとき、

その多くは“誇り”ではなく

“防衛としのプライド”として

扱われています。

 

そのプライドの高さは

人としての魅力から

遠ざけてしまうものです。


それは相手を思いやる行為ではなく

自分が傷つかないための予防線のため

余裕がある人には見えず

常に何かに追われて余裕がない。

 

失敗しない自分でいようとする。

負けない自分でいようとする。

格下に見られないようにする。

 

そうして少しずつ

等身大の自分より

大きく見せる。

それも大切なかもしれませんが

実力以上に大きく見せると

自分の首を絞めるものですよね。

 

マウントをとりがちな人も

その一つです。

 

ちなみにマウントの種類は

たくさんあるんですよね。

自分を大きく見せるマウントもあれば

不幸マウント、被害者マウント等々

 

形は違えど

その奥にあるものは

自分が「どう思われるか」への

過剰な意識なわけです。

 

不思議なもので、

そういう行為は、

だいたい見破られるもの。


相手が賢い場合は

相手が「負けてくれている」

のがほとんどです。

 

本来、人の魅力は

迷いや失敗し、

それでも立ち上がる姿や

葛藤してもがいて頑張る姿に

共感して心を動かされるもの。

 

プライドが高すぎると、

近寄りがたい壁が前に立ちはだかる。


なので、

本来あるはずの魅力が

見えにくくなってしまうかもしれません。

 

自分の価値を守ろうとするあまり

無意識に本来の自分の魅力まで

閉じてしまっている。

 

魅力が外ににじみ出る隙間が

なくなっていくのかもしれませんね。


隙がある人は

どこか魅力的ですよね。

 

それでも、

プライドを高く保たなければ、

これまでやってこれなかった理由が

あるかもしれない。

 

強くなければ飲み込まれてしまう場所に

身を置いていたのかもしれない。


負けたらがっかりされた過去が

あったのかもしれない。


自分の弱さを見せた瞬間、

大切なものを失う怖さを

経験したのかもしれない。

 

だから「プライド高く」することで

自分を守ってきたのかもしれません。


もしかしたら、

そのプライドを捨ててもいいけれど

無意識に完璧で在ろうと

身構えてしまうものなのかもしれない。

 

そういう視点でみたとき

“プライドの高さ”も

愛される部分なのかもしれませんね。

 

人は、短所や欠点で愛されるもので

周りにいる愛されキャラって

結局はそういう人たちですよね。

 

そして、自分を誇れる強さを持つ意味でも

プライドを持つことは

大切なことだと思うんです。


どんなプライドを持っていますか?




 

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