雨の日は、何にもしなくていいって法律ができたらいいのにって、
高校生の頃から思ってた。
あの頃は、
学校が遠かったから、
途中からあんまり意味がなくなる傘をさして、
スカートがめくれるのを気にしながら自転車乗るのが嫌だったからだけど。
濡れた制服のにおいも好きじゃなかった。
そとあとの教室も。
この雰囲気、
なんだか気分がどよめくし、
なにかしら、いつもよりやる気がなくなる。
片付けしなきゃいけないのに。
今娘が寝てるから動きどきなのに。
秋雨ということでか、
いつも以上のせつなさ。
せつなさついでにちょっと書き綴るけど、
最近ね。
毎日わたしの頭に?心に?
どっちかわからないけどチラチラと現れる人がいる。
あんまり思い出したくないんだけど、
それは、
わたしを産んでくれたおかあさん。
いつも、あの人は笑ってるんだけれど。
思い出す顔はまだ若いから、
今は、もうちょっとしわしわになってて、
きっと白髪もあって、痩せてたりするのかもしれない。
まだ、この世にいるのならの話だけれど。
あの人のことをよく思い出すようになったのは自分に娘ができてから。
今までに感じたことのないほどの愛しさとか、
どうしようもなく溢れ出す愛情とかを、
毎日毎日身に沁みるほど感じてるこのさなかにふと出てきてしまう、
“なんでなんだろう”という、疑問符が増えたから。
やっと自分も、
あの人と同じ経験ができた。
でも、わたしは母として、
おかあさんと同じことはできない。
でも、まだ、子として、
それを理解できない。と、いうよりも、
したくないのであろう。
間違いなく、
あの人は、わたしよりも大切な何かがあったから、
わたしの前から2度も消えたってことを。
ずっとわかっていたことだけれど、
娘ができるまでは、
大人の都合があったんだろう。
当時の若気の至りだろう。
とか、そう解釈して自分自身を納得させていたけれど、
そんな理由で置いていけるくらいのことではないことが、
わが子の可愛さを知った故に、知ってしまった。
だけど、
それができたあの人の心には、
一体なにが、どんな大切なものがあったんだろう。
そんなことを、考えた。
そんなにわたしは、可愛く、なかったのかな。
とも、感じたりした。
悲しくなるけれど(笑)
許せないとか、憎むとか、
そんな黒々しい気持ちはなにひとつない。
むしろ、自分が出産を経験して、
本当に産んでくれてありがとうと思っている。
だけど、
やっぱり、
ひとつ残るのは、寂しさかな。
自分自身のっていうのもあるけれど、
なんてゆうか、
娘に娘ができたことを教えてあげられない、
あなたにも孫ができたんですよって伝えてあげられない、
そういうこと。
それが、心残りだから、
こうして毎日のようにチラチラ出てくるんでしょうか。
同時に、
こんな風にあの人は、
わたしのことを思い出すことがあるんでしょうか。
本当にもうこのままでいいのでしょうか?
そんなことも思いながら。
娘が起きた。
いつか、ママのおかあさんはどんな人だったかとか聞かれたらなんて言おう。
笑ってちゃんと答えられるようになることが、
これからの課題だな。
心には、片付けたくても片付かない問題がある。
忘れたくても忘れたようでも忘れていない、
そんなこともある。
それはきっと、誰だって。
わたしにとっては、どうやらこれみたいです。
やっと、
心を整理しながら文にすることができた。
愛情から学んだ愛情の深さと儚さ。
まだまだ乗り越える山がありそう。
でも、一つ言えるのは、同じ血ながらも違う人間。
血は争えないってゆうけれど。
わたしはわたしの、
しあわせな人生を築きあげる。
優しい旦那さんと、可愛い娘と犬と、
今そばにいてくれる家族を大事にしようと、
心から、思うよ。
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