夫婦って。。。
ほんとにいろんなカタチがあるんだなぁ。。。

先日、島根の84歳になる伯父が不慮の事故で突然にこの世を去っていきました。
84歳といえど、認知症もなく足は不自由でしたがしっかりしていたので心残りがいっぱいあったことでしょう。。

従姉は嫁いでいるから伯父・伯母二人暮らしだったので、
残された伯母はどんなに悲しんでるんだろうと心配しながら
会いにいったのですが、以外と元気で気丈にふるまってたので安心しました。

私的には、「気丈に。。ふるまってる」とおもっていたのですが。。。
そうでもなっかみたいで^^;
なにげにマジで気丈でした(爆)

最期の最期の火葬場でのお別れのときに車椅子に乗ってる伯母は伯父の顔がみえないので
皆が立ってお別れできるように介添えしたとき。。。
一言。。「さいなら 」とあっさり手を振っての最期の別れでした
そして「これも運命だ」とキッパリ!
その姿は、いろいろあった夫婦の時間をよいも悪いもまっとうしたぞ!!という気持ちの表れのようにもみえました。

あまりのあっけなさにみな目がテンになったのですが、伯母の人生をおもったとき。。。
おもいきり納得しました(笑)

農家で厳しい舅姑のいるところに嫁いで一言では言い尽くせない苦労をしてきた伯母。
聴いた話も壮絶だったけど、一度。。伯母の家にいったとき私は姑さんとのことで
伯母の苦労を目の当たりしたことがありました。
幼心に「おばちゃん。。。かわいそう。。」っておもった記憶が鮮明に残ってます。

つらい毎日を送ってきたはずなのに伯母の口から愚痴らしい言葉はあまり聴いたことがないと
母も母の兄弟たちも口をそろえていいます
みていて不幸そうでもないし

いまの時代、とにかく自分のために自分を大切にせなあかん というのが
お約束になってますが、伯母のように最後の最後まで自分を犠牲にして辛抱して生きてきた生き方。。自分の中でしっかりと納得してたらこういう生き方もありだな。。。っておもいました。

周りからみると言いたいこともいわず辛抱してる生き方ってみえるけど。。。
実はそうではなく、ただギャンギャンさわぎたてずにうまいことやってたんかな。。っていうかんじもします(笑)
人には犠牲とみえていても、本人の中では納得済みなのかも。。。
愚痴とおなじように口にださずに自分の納得いくようにやってるんかもしれません。
そうなら、めっちゃすごいな!!(笑)

伯母はとにかく自分がこうだ!!とおもったら貫いていく強さがある人です。
何事も受け入れて、いいも悪いもなく、ただひたすら受け入れてるという強さもあります。
だから突然に伯父が旅立っても「さいなら 」なのかな。なんておもいました。

伯母の姿をみていて、ほんとに人それぞれその人にあった生き方があるんだわ。。と
あたりまえなんやけど、あらためておもいました。

そうおもったとき。。。人さまのお話を聴く立場では。。

夫を亡くした女は、悲しみにくれるのがあたりまえ。。。
お金が持ってるから幸せ。。。
親のない子はかわいそう。。。などなど・・・

自分の中の色眼鏡みたいなもんをもたずに聴けるようにならないと。。。と
と強くおもいました。

最後におまけみたいな話ですが、私たちが帰るときに伯母は母や私。。次男の直希の顔をみて「遠いとこ来てくれてありがとう。。また顔見せて」と涙ぐむ場面もありました。

いままでいたものがいなくなる。。。。
そのあたりは、強くない。強くなってなくてよかったっておもいました

ときどき、電話かけて伯母と世間話でもしようと今からもくろんでます(笑)