父の癌が発覚したとき、迷惑をかけてしまうかもしれないや、私が知っていて欲しいと思った何人かの人には父が膵臓癌になってしまったことを伝えました。


義理の両親

私の会社の上司

実家のご近所の方

私の親友


皆さん「困ったことがあったらなんでもするから言ってね!」とあたたかい言葉をかけてくれました。

私も共有できた事で気持ちが少し落ち着き、報告してよかったなぁと思っていました。


ただ、会話の中で必ずと言っていいほど言われた「よりによって膵臓なんてねぇ…可哀想に」という言葉。


それぞれニュアンスは異なるものの、膵臓癌=助からないと言われているような気持ちになり、正直辛かったです。

ネットでもメディアでも膵臓癌に対してはネガティブな情報が圧倒的に多いので仕方ないことなのですが、まだ現実を受け止め切れていない家族にとっては何回も死の宣告をされているような、なんとも言えない感情でした。


逆に、親友がかけてくれた「膵臓癌は生存率が1番低いから、きっと1番頑張って研究されてると思うよ!希望を持とう!」という言葉。

この言葉にとっても救われました。


患者本人も家族も決して同情して欲しいわけではなくて、ただただ共感して欲しいんだということが、当事者になって初めて分かりました。


私も大切な人が辛いときには、共感してそばに静かに寄り添ってあげれるような人になりたいと強く思います。