肺ガン末期宣告より

肺ガン末期宣告より

昨日父が肺ガン末期宣告を受けました。
今後のことを記したり、自分の気持ちを吐露する場所としてはじめました。

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ずいぶんぶりにブログに帰って来ました。
父が亡くなってから2年以上たちますが、人ってなかなか立ち直れないなぁ〜と毎日思います。
ふとした時に色々な事を思い出し、涙が溢れてどおしようもない事があります。
本日は、小林麻央さんが旅立ったニュースを見て、不覚にも会社で泣いてしまいました。
ここ1年彼女に奇跡が起きることを祈っていましたが、本当に残念です。
痛くても、苦しくても、もっと生きて子供達の成長を見たかったろうなと思うと、胸が苦しくて、涙が止まりません。
海老蔵さんも終わる事のない苦しみが少しでも和らぐように、祈ってます。
人はいつか旅立つのはわかっているのですが、神様は残酷です…
ずいぶんと書いてませんでしたが、本日(日付は昨日の3/13)父の葬儀を無事済ませました。
3/9 19:18眠るように亡くなりました。
昨年の12/13に癌告知されたので、ぴったり3カ月で全てが終わってしまいました。
1/7に入院して、1週間しないうちに下肢麻痺でほぼ寝たきりになり、せん妄、痴呆と身体だけでなく心も壊れていく様を毎日見るのは本当に毎日新たな絶望がやって来る感じで、たった3カ月で10年位の感じがしました。結局放射線治療で痛みの軽減は出来ましたが、体力低下も激しく、抗癌剤治療は断念し、2/27に緩和ケア病棟に転院し、これから最後のひと時を過ごそうと思っていましたが、5日後に余命1ヶ月と言われ慌てて介護休暇に入りましたが、翌日にはモルヒネなどの投与を勧められ開始。
亡くなる前日まではなんとか会話も出来ましたが、だんだん呼吸や脈が弱くなり本当に前日までは時折痛がって無意識に痛いとか先生とか言っていたのに、穏やかな顔でなくなりました。
本当に毎日展開が早くて、心がついていかないまま最後まで、全て間に合わなかったと後悔ばかりです。
あんなに毎日父の元に通っていた私と母が自宅に戻っている間に亡くなり、あまり行けなかった弟が看取ったのも皮肉なもんだなと思います。
本当にこの地獄が永遠に続くのかと思うような気の遠くなる日々でしたが、たった3カ月しかなかったのかと思うと、もっとそんな地獄でも続いてくれればいいのにと思うこともあります。
でも、あんなに痛かったり、毎日朝起きると昨日まで脚が動いてたのに何でだと、毎日絶望する父の気持ちを思うと苦しみが早く終わって良かったのかなとも思います。
人の心も身体も壊れる時は一瞬です。
毎日出勤前に帰る私たちを引き止めようとする父を置いて帰る辛さ。
1人になれる出勤する車のなかで泣きながら運転しながら、父を思う時間の辛さ。
結局薬によるせん妄や痴呆で、キチンとした話は出来なかったし、痴呆により自分が肺がんであることを忘れている父にかける言葉もなく過ごした時間の虚しさ…
抗癌剤治療を断念を先生に告げられた後、体力的にも精神的にも耐えられなくなり、会社で倒れてしまい、母に八つ当たりしたこと…
自分の小ささや無力さを毎日悔やむ日々…
もっと色々出来たことがあったのではと後悔ばかりです。
明日から前を向いて生きて行くつもりですが、この痛みが消える日はきっと来ない気がして、苦しいです。

さよならお父さん。そして、たくさんの痛みをありがとう。
本日は弟も休みで帰って来てるので、出勤です。
最近調子も良いので安心していたのですが、帰って来たら痛み止めが夕方飲んでも効かず痛いとのこと。
病院に電話したら、今また飲んで効かないようなら明日来て欲しいとのことでした。

とりあえず先程飲んで、今は様子見ですが、これからこういうことが続くのだと改めて実感しました。

昨日弟にMRIを任せて帰って来るときに父が手術出来ないのかなぁと弟に漏らしていたらしく、今日母を買い物に連れて行く時にその話を母にしながら車で泣いていたそうです。

やはり生きることを希望を人間簡単に諦めきれないですよね!

積極的に治療出来ない現実がもどかしいです。