ひまわりぽんた珍暮らし日記 -6ページ目

九州

熊本市の皆様
また大分の皆様

九州の皆様


大変な哀しい事態に心よりお見舞い申し上げます


我が実家も昔
日本海で地震の津波により父の船が沈んだ経験があります

命と家は助かったのですが

地震の夜
連絡のつかない親の安否に不安だった時を思い出します


次の日 兄が瓦礫をどけ
踏み倒しパンクギリギリで実家に向かった親孝行もの


泣きながら父の船をみんなで海から引き上げたようです


私も三日たちようやく道が整理されてから
子どもをあづけ向かいました


惨劇のあとに
父の船の最後を写真に納めるシャッターの音にさえ

申し訳ない気持ちでした


今 九州の被災のとこでも同じだと思います


カメラや中継の迷惑

実家近くの友達も言ってました

嫌だなとおかしいな
そうな風に報道関係を見ていました



しかし
映らない時間には手伝ってくれたスタッフもいたようです


私にできること

やはり義援金しかできません


少しあったら
募金箱へ
それしか出来ません


この前も札幌ドームで入れてきました

なんか
ロッテの監督がTVで、故郷を思い募金箱を持ってる姿は

やらなくちゃならない監督の仕事でしょうが

はやく故郷に行きたいだろうなと
なんか切なくなりました


高校野球も試合が出来ないそうです

まだまだ
かかる地震の日々


心よりお見舞い申し上げます




3月も終わり

いやいや
3月ももう終わる

そして私の誕生日がやってくる



50代折り返しをまわり

友達はみな
60歳に向かっています


書類に書くと  すごい年になったものだと
残念な気持ちになります



あいかわらず
仕事が忙しく お母さんという業務からはなれ

お惣菜を買って食べちゃうしまつ


生ゴミ少なくプラスチックごみが増えていく

パック類とか(笑)


末娘も来月から大学生に

ますます
ご飯は食べたいときには自分で作ってよ~

友達と食べるなら万々歳で

キッチンへ立つ時間も短縮しています


ガス代は減る

年を重ねてだんだん仕事に生きる親父みたくなり

惣菜をつつき
ワインなど飲み

野球を見ながら
ときどき寝ている


だらしない母になってきていましか



母というポジションをおり

私はただの人に向かっている


わたしはなにか?
昔の自分に戻っているようだ


自由奔放

わたしはわたし


子どもたちよ
社会人だ

勝手にもう生きてくれ



ただ大学生よ
もう少し大人になってくれ



かたづけ
たった電気のスイッチ切るお願いを

「だって今はいいとこだから待って」と

漫画本を三時間も見ているな



はよ
大人になっとくれ!


さて昨日開幕戦

ロッテに負けた日ハム


今日は勝ちましょ!




ホワイトアウト

我が娘さん
卒業式に行くため
駐車場を確保するため受付一時間前に到着

広い畑の間の道をゆく高校への道路は

時速60キロは出してもよいが

ホワイトアウトになり
10メートル先は車が見えない

ライトもなにもきかない

テレビで言っていた


「不要な外出は避けてください」

あなた
必要だから出るのだ・・・
なんとか着いた


野球練習グランドを除雪作業しての臨時駐車場
吹雪に誘導の当番の先生たち

「保護者さんですか?」

聞かれた

誰に見えるのだ?

見学者ではない

あっ?あれか?
お偉方と間違えたか?


保護者にしては
年齢が高いから?

キムタクと同じような年の親たちが
今の高校生の父母だからなぁ

「派手なババァいると思ったら母さんだったわ」とからかう我が娘よ

叩くよ!

さてさて

野球部には申し訳ないが

雪が融けたあと土がぐちゃぐちゃ

タイヤはゴテゴテ

帰りはグランド
わやでした


朝早くから
一番乗りで野球場の隅っこに停まる車


早すぎとブツブツいう娘

吹雪や突風に思わずマフラーを広げ
頭から被る私


校舎まで息つくことも出来ない

ホワイトアウトの卒業式は

死ぬまで忘れることのない卒業式だったね

なんか
札幌市内小学校は二時間遅れで登校

もっとすごいとこは
高校の卒業式を延期とまであった


北海道広し
ホワイトアウトでは死ぬような場所もある

たかが
卒業式に行くため死ねないのだ


なんとか無事
終わった卒業式


やれやれ


ばんざーい