3月の月曜日に有給を使って、日帰りで広島まで弾丸往復してきた時の様子です。

 

 

この時は、4月でなくなるスカイレールサービスの乗り納めや、ひろしまリバークルーズ乗船、青春18きっぷ消化を日帰りでやっています。

 

往復普通列車で行くのが一番お金がかからないのですが、それをやると広島での滞在時間が無いに等しくなります。

なので、この時は往路だけ新幹線を使いました。

 

 

博多駅までは普通列車で移動しました。

 

博多駅のホームから転落した人の救助作業の影響で列車が遅延し、博多駅での乗り継ぎに余裕がなくなりましたが、無事に新幹線には乗れました。

 

 

乗車したのは、新幹線こだま842号です。

500系の「ハローキティ新幹線」が充当されていました。

 

ハローキティ新幹線は、博多~新大阪間を以下の運用で1往復しています。

  1. こだま842号 博多7時4分発 新大阪11時25分着
  2. こだま849号 新大阪11時37分発 博多15時51分着

運用が固定されているので狙って乗ることはできますが、上りの新大阪行きだと博多駅が7時4分発と結構早い時間帯だったりします。

 

山陽新幹線の各駅に停車するので、全区間乗り通すと4時間を越えます。

 

 

 

車体のあちこちに、キティさんが描かれています。

 

リボンをモチーフにしたピンク系なデザインになっていて、これは地域を「結ぶ」「つなぐ」という思いを込めたものなんだとか。

 
 
車内にも当たり前のようにキティさんがいました。
 
 
デッキにある車内の案内も、ハローキティ新幹線専用のものになっています。
 
 
それと、座席の背面テーブル裏の編成表示も。
1号車の部分にキティさんがいます。
 
1号車が「ハロー!プラザ」という車両になっていて、展示コーナーがあったり、買い物ができたりするようです。
小倉~新大阪間でオープンしているそうです。
 
 
この日のこだま842号の指定席車両はほぼ満席になっていました。
広島駅で大半が降りたので、広島以西の区間で埋まってたような感じです。
 
 
ハローキティ新幹線は普通の切符でも乗車できます。
バリ得こだまといった、新幹線乗車だけの旅行商品でも乗車することができます。

 

 
8時38分に広島駅に到着しました。
 
ここからは在来線の山陽本線に乗り換えて、瀬野駅へ向かいました。
 
 
4月末で廃止となる、スカイレールに乗車してきました。
 
 
スカイレールは瀬野駅に隣接する「みどり口駅」と、丘の上にある住宅街にある「みどり中街駅」「みどり中央駅」を結ぶ交通機関です。
 
パッと見がロープウェーのゴンドラっぽく見えますが、法規上だとれっきとした鉄道扱いになっています。
 
 
駅にはQRコードタイプの乗車券を発券できる券売機と、空港の搭乗口にあるようなQRコードの改札機が設置されています。
 
 
スカイレールは上の写真のような感じで、道路や丘陵部に支柱を立ててその上を走ってる感じです。
住宅街の住民が主に使っていますが、廃止間際というのもあってか、それっぽいオタクの姿もちらほら見かけました。
 
乗った感じは、ロープウェーとモノレールを足して2で割ってマイルドにした感じですかね。
 
 
スカイレールは他に例のない独特の構造をしているため、維持コストが高くつくらしく、廃止後は電気バスに代替されるとのこと。
 
 
瀬野駅に戻ってきました。
 
 
駅前には国道2号が通っていて、広島・岩国・下関までの距離が書かれた青看板が設置されています。
 
下関まで216kmあるそうですが、「あ、なんかこのぐらいなら行ける」って思いました。
そのうち、バイクで広島まで行くのかもしれません?
 
 
広島駅を通り過ぎて横川駅まで移動し、そこから路面電車で原爆ドームまで移動しました。
 
 
原爆ドームから元安川に沿って南に歩き、元安橋の道路を横断した先には船着き場があります。
 
ここからは宮島行きの船や、ひろしまリバークルーズの遊覧船に乗ることができます。
 
 
ひろしまリバークルーズの乗船券と御船印を購入しました。
 
ひろしまリバークルーズはいくつかコースがあるそうですが、この時は25分遊覧で乗船しました。
 
 
乗船しました。
 
平日なのもあってか、乗客は私一人だけでした。
実質、貸切遊覧。
 
 
・・・そういえば、黄色い船のよこに、名状し難い船のような何かが係留してありました。
 
船・・・?
 
 
12時になり、乗客私だけの船が出港しました。
 
天満川と本川が分かれる辺りまで北上して、そこで折り返して戻ってくるルートで運航します。
 
 
まずは元安橋の下を潜っていきます。
 
 
元安橋を潜ると、右手に原爆ドームが見えてきます。
 
 
原爆ドーム、元々は広島県の物産を展示するための広島県物産陳列館として1915年に完成した建物で、1921年に広島県産業奨励館に改称しています。
 
1945年8月6日の原爆投下時に建物本屋部分がほぼ全壊していますが、ドーム部分は枠組みが残っています。
 
戦後は、風化していく原爆ドームに対して、「取り壊し」か「保存」かの議論が交わされています。
ある被爆者の日記が議論の向きを変えたと言われていて、その後に保存工事が行われて、以後も補修工事が行われています。
 
 
原爆ドームの横を通過すると、今度は相生橋の下を潜ります。
 
全国的にも珍しい(上空から見たら)Tの字をした橋で、本川と元安川が分かれる部分に架橋しているためこうなったそうです。
橋の上には路面電車が通っています。
 
昭和の初期に現在の形の橋になっていて、広島の原爆投下時には相生橋が目標地点となっていたそうです(実際の爆心地は島病院)。
 
 
相生橋を通過後、右手に広島市こども文化科学館が見えてきます。
 
 
その後に、エディオンピースウイング広島というサッカースタジアムが見えてきます。
 
客席部分だけに屋根がある構造で、スタジアムそのものは吹き抜け構造なんだとか。
 
 
空鞘橋を潜ります。
 
 
右手に市営基町高層アパートが見えてきます。
これは原爆スラムの改称を目的に造られた集合住宅となっています。
 
堤防部分に楠が見えますが、この木のひとつが原爆で被爆しています。
 
 
左手に、天満川との分岐部が見えます。
 
位置的には、横川駅の近く辺りまで来ています。
 
 
この辺りで折り返しとなり、元安橋の桟橋へと戻っていきます。
 
乗客が私ひとりだったのもあってか、ガイドの人と話をしたりしました。
御船印の話とかしてましたね。
 
 
元安橋に戻ってきました。
 
 
対岸から見た、ひろしまリバークルーズの船です。
 
リバークルーズ号とも呼ばれてて、基本的には写真の黄色い船が使われます。
 
 
船を降りた後は、レストハウスへ行きました。
 
 
この建物、この向きだと今でこそ改修された姿になっていますが、逆側から見ると外装と原爆投下当時の姿に復元した姿になっています。
 
原爆投下時の爆心地から最も近い、現役で使用されている被爆建物です。
当時は燃料会館と呼ばれていました。
 
 
レストハウスの入口前に、燃料会館の説明版があります。
 
原爆投下時に、たまたま書類を取りに地下室に行ってた1人だけが生き残っていて、その地下室を見学することができます。
 
 
地下室の様子。
補修された部分はあるものの、原爆投下時の状態のままの姿となっています。
 
地下室には、原爆投下時の爆心地の様子を知るほぼ唯一の人物、故・野村英三氏に関する資料が展示されています。
 
 
レストハウスの地下室を見学した後は、路面電車で広島駅へ移動しました。
 
乗った路面電車が新型でした。「グリーンムーバーエイペックス」と呼ばれています。
 
 
広島駅では工事が行われていて、2025年春頃に路面電車が駅前大橋ルートに切り替えられて、広島駅に高架で乗り入れるようになるそうです。
路面電車のルート変更に伴い、猿猴橋町電停が廃止になるそうです。
 
 
広島駅の中にある「みっちゃん」で、昼食でお好み焼きを食べました。
 
 
そば肉玉が基本となっていて、そば麺と肉とキャベツ諸々と卵が混ざったお好み焼きになっています。
麺は「そば」の他に「うどん」を選べます。

「チーズそば」で注文すると、上の写真のが出てきます。
 
 
カウンター席だと、焼く様子が間近で見られてメシテロを喰らうことができます。
 
 
食後は、広島駅から青春18きっぷを使って、普通列車を乗り継いで九州へ帰ります。
 
 
広島駅からだと、途中の岩国駅と下関駅で乗り換えが必要になります。
 
広島から岩国まで約1時間、岩国から下関まで約3時間ちょっとの所要時間となっています。
山口県が横に長いのを思い知ることができる電車旅ができます。
 
 
岩国駅を発車すると、左手の車窓に広島湾が見えてきます。
 
その後に大島大橋も見えますが、この時は確か寝落ちしてて見れてないです。
 
 
日が暮れた頃に下関駅に到着。
 
ここで小倉行きの電車に乗り換えて、関門トンネルを通って関門海峡の下を潜って九州へ入ります。
 
 
小倉駅から博多駅までは通勤ラッシュを避けるために別途課金して新幹線(所要時間15分)で移動し、博多駅からは再度青春18きっぷで移動して帰路に就いています。