私は、K子先生に、一度しか会っていない。

でも、もう、永遠にお会いすることはできなくなってしまった。




2022年4月に夫が亡くなって、まだ2、3か月しかたっていない頃、私は、友人の紹介で、K子先生に会った。


友人からK子先生の話は何度も聞いていた。

でも、お会いするのは初めてだった。


K子先生はブリザーブドフラワーの先生。

その日、仏壇に飾るお花を教えてもらって作ることになっていた。


ご挨拶をする時、その佇まいにハッとした。

なんともいえない気品のようなものを感じた。


先生は、その頃、抗がん剤の治療の直後だったのだと思う。

ご自分で作ったという帽子が、とてもよく似合った。

あんなに帽子が似合う人を見たことがない。


先生は、夫を亡くしたばかりの私を親身に心配してくださった。

それが、形だけでないことは、私にもすぐにわかった。


実は、先生もその2年前にご主人を亡くされている。

夫と同じ肺がんで。

病院も偶然だが、夫と同じところだった。




夫は、2021年1月に肺がんが見つかった時、ステージ3Cの診断がでた。

幸いなことに、どこにも転移はしていなかった。


その後、抗がん剤治療と放射線治療を受けて、レントゲンから胸のがんの影は消えた。


しかし、その3か月後の7月頃、脳へ転移していることがわかった。


放射線科の医師は、脳への放射線治療を強く勧めた。

しかし、海馬に放射線が当たることは、認知症を起こす危険性があるということだった。


私達は、認知症の危険は、何としても避けたかった。


なぜ私達が、認知症のことをそんなに心配するかというと、それなりの訳がある。


前にも何度か書いたが、肺がんが見つかる前の4ヶ月間、またその後の3ヶ月間。合わせて7か月間、夫には、認知症の診断が出ていた。


それが、肺がんの影響によるものだとわかるまで。


夫は認知症ではなかったという、あの時の喜び。

認知症は、治すことはできないという認識でいたので、信じられなかった。

地獄から無事に帰ってきたような感じだった。


それだけに、脳に放射線を当てると、認知症のリスクが高まるということは、何としても回避したかった。


そのために、ネットで情報を集めた。それができる医療機関はないかとあちこち調べ回った。



そんな時、この友人を通じて、K子先生のご主人の話を聞いた。

K子先生のご主人も同じ様に、肺がんが脳に転移したとのことだった。

そして、A病院のB医師のガンマナイフの治療を受けられた。

ガンマナイフは、海馬への放射線を最小限におさえることができるということだった。


すぐに主治医に、A病院のB医師への紹介状を書いてもらった。

ガンマナイフの治療を受けた夫の脳のがんは、その後、消えた。


脳のがんは、最後まで再発することはなかった。



その後、K子先生のご主人は、肺のがんが再発し、亡くなった。

そして、夫も原発の肺がんが再発して亡くなった。


私達は、同じ道を辿ってきていた。

会うのは初めてだったけれど、私達は、お互いの悲しみを、そのままストレートに理解することができた。


不器用な私だけど、何とか素敵なブリザーブドフラワーを作ることができた。





K子先生は、ご主人を亡くされた後、ご自身も子宮がんを患われた。

一週間前、友人から、K子先生がお亡くなりになったことを聞いた。



4日前、K子先生のお嬢様から、直接メールをいただいた。

 

「生前の母の意志のもと、お葬式をいたしますことをお伝えしますことお許しください」



嬉しかった。




プロテスタントのクリスチャンだった先生のお葬式は、教会で行われた。

寒い日だった。

入り口を一歩入ると、中はたくさんのきれいなお花に囲まれていた。

先生との別れを悲しむ人達が、たくさん集まっていた。


先生はご主人と同じ69才で逝かれた。

命日も一日ちがい。



今頃、仲がよかったご主人に、

会っていらっしゃると思う。