お仕事がら、観察することはわたしの習慣となってます。
介護も看護も運動指導もまずは観察!だと思っているのだけど。
今は住宅街の中に住んでいることもあって
いるはずの人の姿が突然見えなくなったり
聞こえるはずの声が突然聞こえなくなると
とっても心配になります。
今の家に引っ越してきて丸2年と半年。
うちの大家さんが周辺から嫌われていたみたいでww
最初はわたしもいじめられていたけど(これまぢで)
次第に笑顔であいさつしてくれるようになった、向かい側の家のおばさん。
最近姿が急に見えなくなったので
とても心配しておりました。
ある日わたしが帰宅すると。
お向かいのうちの玄関先に「手すり」がついている。
もちろん手すりもチェックする
(というか自然に目に入ってくる)わたし。
今日はお休みで午前中家にいたのだけど
外出するときに、ちょうどお向かいさんが娘さん(らしき方)と
ごほんにんと、近所の方でお話をしていた。
足元は介護靴。
ああ、やっぱり倒れたんだな~と思った。
少し顔つきも変わっていたし・・・・。
病魔は突然襲い掛かってきます。
お向かいのおばさん、
顔つきは変わっていたけど、自分で歩けるくらいには
回復したんだろうな。
不自由な体とともに生きていくことは
もしかしたら辛いことなのかもしれない。
でも、命だけでもあるということは
それは何か意味があってそうなっているのじゃないかな?と。
今はそう思う。
もちろん、病気にならないのは一番幸せかもしれませんが。
もし倒れても、リハビリ頑張ろう!とか
思えるような土台を作っておきたいな、と。
そんなことをぼんやりと考えてしまった。

