ひまりが言った。
「私のほっぺ、お餅みたいでしょ。食べて~」
私はひまりのほっぺをひっぱって食べるふりをして応えた。
「美味しいね!!元気百倍!」
ひまりはニコニコ。
「パパにも早く食べさせてあげたいね。元気百倍になるかな~」
「ひまりはアンパンマンみたいだね!」
「ひまり、アンパンマン!!」
そういうわけで、我が家には自分の顔を食べさせてくれる2歳児がいる。
そして、今更ながらに気づいた。
アンパンマンはすごい。
影響力がすごいとか、そういうことではなくて、もう無私の境地でみんなを助けらるのね。
誰かに元気を分けてあげるのが自分の生きがい。
それが当たり前。
それが幸せ。
それがアンパンマン。
そしてね、2歳児の心境っていうのは、アンパンマンに近いんじゃないかなと思ったんだ。
ひまりは私が笑うと必ず自分も笑う。
誰かを笑わせることができると、ものすごく嬉しそう。
「お手伝いして」と言うと「はい!!!」と大きな返事をしてものすごく頑張ってくれる。
「ありがとう!!ひまりのおかげでとても助かったよ」と言うと「どういたしまして」とドヤ顔。
何がすごいかというと「いいとこ見せよう!!」とか「これで自分の株が上がったな」とか打算がないところ。
そんなの小さいから当たり前!!っていうことなのかもしれないけれど、小さい子どもにできることが私にはできない。
誰かに親切にする時に、純粋に何も考えずに手を貸しているか。
私は「良い人」を演じている。
「良い人」になりたいと思って生きているから、困っている人がいたら出来る限りは親切にしたいと思っている。
一方で当たり前のように「良い行為」を行える人もいる。
誰かの笑顔や「ありがとう」という言葉が、自分の幸せだと知っている人。
そういう人が私は羨ましい。
ひまりを見ていて思った。
小さな頃は知っていた。
誰かの笑顔や「ありがとう」という言葉が自分の幸せだということを。
それは知っていたというより、当たり前のことだったのだ。
なぜなら、赤ちゃんの幸せは家族や周りの人の笑顔にかかっているのだから。
周りの人たちが幸せで、笑顔で、優しくしてくれたら自分も幸せ。
だから、赤ちゃんからちょっと成長した今、自分の行動で誰かを笑顔にできたら嬉しくてたまらない。
それが自分の幸せに直結している。
そんな子どもたちからみたら、アンパンマンは確かにヒーローだ。
誰より、幸せなのはアンパンマン。
だからみんなアンパンマンになりたい。
小さな子どもはほんとに「天使」のよう。
その純粋な幸せ価値観で、周りの人の笑顔を増やそうといつも努力している。
けれども、色々経験して大人になった私の不純な「良い人」になりたいという思いも、子どもに負けてはいけないと思う。
子どもに負けてるようなら、なんのための人生経験だったのって問わなくてはならない。
大人、がんばりましょ~~!!
みんながアンパンマンになったら、この世はパラダイスに違いない!!
チビちゃんのヘアゴムとともかのアレンジにてオシャレに変身。


