赤ちゃんと母親の距離は0。

0の距離、密着状態。


ひまりが私と0の距離にいるとき、私の存在はひまりの存在と区別すべきものなのか、とても怪しい。

0の距離にひまりがいるとき、細胞の全てがひまりに集中している感覚になる。

ひまりと同じように、温かさを感じ、安心感を抱き、愛しさに胸がぎゅっと締め付けられる。

ひまりは何歳になるまで私と0の距離感でいてくれるのだろう。

この瞬間がずっとずっと続くといい、そんなことを考える。


ひまりは私とこの距離感でいるときに、無理やり引き離されそうになると泣いて抵抗する。

絶対離れないぞ!と主張するように、ぎゅ~っと掴める場所を精一杯の握力で掴む。

そういう様子を見ると、私もひまりとひとつになっていたいなぁと思う。

こういう時は、ひまりと感情が共有されているように思う。

ひまりと同じようにものを感じて見ている。


私とひまりは別の人間だけれど、なんだか繋がっている。

お腹の中でひまりは、私とずっと一緒にいた。

私という人間を構成するひとつの要素ですらあった。

ひまりは外で自分の意思を持って生き始めた。

でも、きっとまだ、ひまりという存在を構成する要素が私にも残っているのだろう。

外に出ても、お腹の中にいるときと同じように一心同体。

育てていてそういうふうに感じる時がある。


なんだか母親も赤ちゃんも、精神的に生きている。

私とひまりの0の距離感がいつまで続くかはわからない。

ただ、今そういう感覚があるということは、すごく大切な気がするのだ。

私はこの0の距離感に、毎日幸せと感謝を感じているから。


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横浜高島屋のトーベヤンソン展にて。