ひまりは1人が長続きしない。
いつも誰かに構って欲しい。
私しかいないときはお母さんに。
ほかに誰かがいるときはほかの人に。
それは、寂しいということもあるだろうけれど、一番の理由は楽しいから。
走り回ることも、転げまわることも、おもちゃで遊ぶことも、誰かが一緒だと、1人よりずっと楽しい。
遊ぶ人が誰かによって、遊び方は全然違うけれど、楽しいという感情がいつも生まれる。
そういう様子を見ていると、人は誰か1人が側にいるだけでは足りないんだなぁと思う。
お父さんとひまり。
おじいちゃん、おばあちゃんとひまり。
同じくらいの年のお友達とひまり。
親戚とひまり。
近所に住んでいる人とひまり。
みんな、関わり方が違う。
いろいろな関わり方で、みんながひまりの心の中を動かし、育ててくれている。
私だけでは見せてあげられない景色を、みんなが見せてくれている。
たくさんの人にいただいた可能性を抱え、少しづつ開花させていく。
社会が子どもを育ててくれる機会がなんて多いことだろう。
ひまりに関わる社会全部が、ほんのひとかけらの関わりであっても、ひまり自身の育ての親なのだ。
子どもは親のものではないというのは、こういうことだろうか。
みんなが支えてくれているのだから、私も大事に大事に育てよう。
社会に育てられたその恩を、いずれひまり自身が返していくその日まで。
みんなが育ててくれたひまりが、自分に自信を持った大人になれるように。
ありのままを受け入れて。
仲良し3人娘。
子ども同士の関係は子ども社会で学ぶしかありません。まだまだ女の怖い関係とは無縁の笑顔。

