今日も喜び勇んで海まで散歩。

けれど、道端で座って開脚したり
立って開脚したり
1歳児が海に着くまでの道のりは長い。
いろんなポーズや表情をするものだから、いったい何を記念に残していいのやら。
親とは因果な生き物で、子どもの、成長シーン全て記憶にとどめたいと思うらしい。
それは不可能なので写真に頼るわけだけど、最近は携帯で手軽に撮れるから枚数は右肩上がり。
放っておくと途方もない数になってしまうから、どの写真を残すか毎日迷っている。
写真を撮る、見る、こうしてひまりの成長シーンは私の脳にも二重に記録される、、、のだろうか。
写真がない方が、その姿を脳に刻み付けるため、一瞬一瞬を大切に「見る」気もする。
写真を撮るのは所有するためなんだろうな、とふと思う。
可愛いな!楽しいな!嬉しいな!と思った時間を切り抜き、自分のものにしておく。
そのために写真を撮るのだろう。
もちろん時間は戻らない。
だけれど、確実に幸せな時間を積み重ねたのだ、そう自分に言い聞かせることはできる。
写真があれば、未来に過去を楽しむことができる。
鮮明にそのシーンが蘇る。
写真があれば、未来に過去を知らない誰かと過去を共有することもできる。
いつの日かひまりと写真を見てみたい。
ひまりを好きになる誰かと写真を見てみたい。
今日とは違う幸せの予感がする。
そんなわけで、今日のひまりメモリーを残しましょうか。









