某雑誌に1歳児の考えていることの9割はお母さんのこと、と載っていた。

本当かどうかは知りようがないけれど。


赤ちゃんの母親への愛情、愛着というのは本能だと思う。

顔を見るだけで、嬉しくて笑顔になってしまう。

腕を広げて「おいで」といえば、駆け寄って抱きつかずにはいられない。

「大好き」がまだ言えなくても、体中がそのことを表現している。


生まれた時からずっとそばで「大好き」という気持ちをたくさんもらってきた。

ひまりの「大好き」は、私をいつもとり囲み、隙あればどんどん入り込んでくる。

入り込んだ「大好き」は、私の体中を幸せにしてしまう。


だからかな、私もひまりに「大好き」をいつもあげたいと思っている。

ひまりの小さな体が幸せで満腹だったら素敵だな、と思っている。


母親からの愛情も本能なのか。


でもね、ひまりのことを9割も考えてるかというと、さすがにそれでは日々の生活が立ち行かない。


大人というのは、自分が生きていくためにすべきことを考える。

もちろん、子どもを育てるためにすべきことも考えるけれど。


それに対して、ひまりは自分が生きていくために必要なことなど、ほとんど知らない。

日々の生活は大人の管理のもと、おそらく滞りなく行われている。

何も知らないから疑う余地も考える余地も無い。


目下、考えることは「何をして遊ぼう」であるように思う。

でも、一人で遊ぶのはつまらないから「お母さん、何をして遊んでくれるだろう」

ここに母親が介在する。

それからもう一つ、ひまりが考えそうなことは「ご飯は何かな」ということ。

ここでも「お母さん、何を作ってくれるかな」という形で母親が介在する。


なるほど、ひまりの生活は、確かに私がいないと始まらない。

赤ちゃんが9割、母親のことを考えているとしても無理がない気がしてきた。


考えることの9割が母親だとしたら、子どもは母を見て育つというのは、嘘だと考える余地もない真実になってしまう。

こんなに責任のある立場が母親意外にあるだろうか。


小さな赤ちゃんを持つということは、計り知れない愛情と責任を同時に持つことなのだ。



すると男性の仕事は何か。

未来が未熟な母たちの手に託されているのだ。

世の男性よ、母になる女性を立派に育て支えるのが仕事だよ。


赤ちゃんを中心に据えたちょっと真面目な考察でした。笑。