霜月26日
京都三条大橋~桑名宿
旧東海道をできるだけ走り繋ぎ、東海道五十三次を巡りなから、東京日本橋を目指しています。
スタートは京都三条大橋です。
流石に人や車が多くて、写真撮影に苦労しました。
出発です。
大津宿本陣跡
大津宿の本陣跡です。
今は、建物はありませんでした。
大津宿には2軒の本陣があり、この地はその内の大塚嘉右衛門宅です。 当時の本陣は3階の楼上からの琵琶湖の眺めが絶景だったといわれています。 建物は現存せず、明治天皇聖跡碑が建っています。
瀬田の唐橋を渡り草津へ
草津本陣跡
資料館になっていますが、過去に見学しているので、写真撮影だけです。
史跡草津宿本陣は、建物が現存するうちでは全国でも最大級であり、多くの利用者たちを迎えた当時の姿をそのままにとどめています。
中山道との分岐です。
モンキーの進む方向が、旧東海道です。
石部宿
石部宿の小島本陣跡です。
嘗ての様子です。
石部宿には、幕府直轄と膳所藩直轄の2つの本陣が置かれ、全盛期には旅籠32軒を含む458軒が街道の両脇1.6キロメートルにわたって建ち並び、東海道五十一番目の宿場町として栄えました。
数多くの大名や明治天皇なども宿泊した小島本陣は、慶安三年(一六五〇)に創建されました。
鈴鹿峠を超えて
坂下宿
坂下宿は、鈴鹿馬子唄発祥の地なので、その碑が有りました。
坂下宿は、鈴鹿峠の麓に位置し、東海道五十三次の48番目の宿場町として、鈴鹿峠を往来する多くの人々でにぎわいました。
東海道難所のひとつである鈴鹿峠を控えて参勤交代の大名家などの宿泊も多く、江戸時代後半には本陣3軒、脇本陣1軒、旅籠48件が軒を連ねていました。
関宿
現在も、東西追分間の旧東海道沿いに、当時の宿場の古い町並みが残されています。
国の「重要伝統的建造物群保存地区」および、旧建設省選定の「日本の道100選」のひとつになっています。
亀山宿、庄野宿、石薬師宿、四日市宿、桑名宿も巡る予定でしたが、出発が遅く日没になってしまい、巡れませんでした。
水口宿は、時間の都合で飛ばしました。
京都スタートに拘るあまり、京都まで行くのに予想以上に時間が掛かりました。
名古屋に宿をとりましたが、着いたら7時をまわっていました。
明らかに計画ミスです。
反省!
北近江@旅人