肥満ウイルス まとめよみ

チャプター9−2


ファミレスの奥のテーブルでじーっとスマホの画面を見ている男がいた。大隈博士だ。店に入ってきて、まっすぐに
いつもの自分のテーブルに座る。

いつもの・・とは言っても、この店に来るのはこれが3回目だ。

野口から来たテキストメールの「15時デニーズ」をじっと見つめる。ここは研究所から一番近い距離にあるファミレスだが、研究所関係の人間の出入りはほとんど無い。 

学校のカフェテリアに変装していくより、ここのほうが野口と接触している姿を見られる確率は少ないだろう。しかし今日野口は自分を呼び出しておきながら、姿を見せない。野口の運転するバイクがデニーズの駐車場を出たのと入れ違いに大隈は店に到着したのだが、そんな事は
知る由も無い大隈だった。



ダイエットクリニックで、デイブと出会った勝盛博士は肥満治療の方針について簡単にデイブに説明するとあとは他のスタッフに任せて研究所へと戻ってきた。いつもは電車で移動する博士だが、この日は大切なデイブの血液を携え、
何かあっては大変だと、血液サンプルの保管用小型ケースに1本のチューブを入れタクシーに乗った。

真っ直ぐに研究所の自分の席に戻る。

通常所員にさせる血液の初期検査も、このサンプルは全て自分の手で行うつもりだ。

クリニックで行った検査も改めて精度の高い機械で行うつもりだった。

それとは別に通常の脂質代謝検査(中性脂肪や総コレステロール、HDLLDLコレステロール値)糖代謝、肝機能、腎機能の検査なども行う手順を踏む。検査を同時に進めるためにサンプルの半分を小型のチューブに移した。

さっきクリニックでみた時それはまるでそれ自体が生きているようにすら見えた血液だが、こうしてみるとただの、普通の血液と同じに見えた。

勝盛博士は、宝くじの1等が当たってもこんなに興奮はしないだろうと思った。

いや・・宝くじは買ったこともないし、そもそも全く興味がなかったが。

もし 宝くじが当たったとしたら、自分なら研究所の資金にまわすだろう・・。

いや、宝くじなど全く買うつもりもないのだが・・。


珍しくそんな事が頭をよぎり、勝盛は顔がほころぶのが自分でも分かった。

だが、それも先に出た標準の血液検査の結果を見るまでだった。 


間違いなくデイブは肥満ウイルスに感染していると判断した勝盛博士だったが、研究所での再度検査の結果は意外なものだった。

総タンパクの数値は基本範囲の最低ライン6.5を遥かに下回っていて異常なほどに低い数値なのだ。

コレステロールの数値も異常に低い。 



肥満ウイルスが身体に様々な影響を及ぼしているのだろうが、中性脂肪までが基準を遥かに下回っておりこれだけを見ると栄養障害や低栄養を疑ってしまう。

まるで何も食べずに浴びるほどの酒を飲み肝臓をやられたような人間の血液だ。

それとも肥満ウイルスに感染したことで、他の病気を発病したのだろうか。


勝盛博士は、デイブの血液がすり替えられたなどとは全く思い及ばずこの想定外の数値に驚きを隠せないでいた。

勝盛博士はもう一度、クリニックで行ったのと同じチェックをしてみることにした。


採血をしてから2時間が経過

していた。

これは勝盛博士が考案した、肥満ウイルスに感染しているかどうかを簡単に判定できる検査方法だった。クリニックでデイブの血液は、間違いなく陽性反応を示していた。だが、今博士の目の前にある血液は陰性だ。血液が2時間の間に変異したのだろうか? 
 肥満ウイルスに侵された血液が、こうして変化を遂げることも全く考えられなくはないが・・。

勝盛博士は今日デイブに出会ったことで見えたトンネルの先の眩しいばかりの光が、一気に遠のくような気持ちになった。