男(75)が語った「後悔」と「孤独」
12/26(火) 6:02配信
NBC長崎放送

「早く妻がおるとこに行って謝りたい。一日も早く行きたいです」

40年連れ添った妻を殺害した罪に問われている75歳の男は、法廷で涙ぐみながら声を震わせ、こう証言した。

近所では「仲の良い普通の夫婦」と認識されていた2人に何があったのか。
法廷では「金銭的な不安などがあり、殺害を避ける方法は思いつかなかった」と述べ、寝たきりになった妻を抱え、周囲に助けを求めることもできず、身勝手な犯行に及んだ過程の一端が明らかになった。

■終わったな。娘のところに行って成仏してくれ

殺人の罪に問われているのは佐世保市の無職、前田敏臣被告75歳。
前田被告は今年3月、長崎県佐世保市世知原町の市営住宅の自宅で、当時74歳の妻の首を締めたあと、刃の長さが約20センチある刺身包丁を首に突き刺したとして殺人の罪に問われている。

この裁判は裁判員裁判で行われており、12月8日に長崎地方裁判所で開かれた初公判で、被告は起訴事実を認めた。裁判のポイントは量刑(被告人に科すべき罪の重さ)となっている。

検察官:
──犯行時、お酒を飲んでいましたか?
被告:「はい」

──殺害にお酒の力を借りようと?
「少しはありますね」

──まず首を絞めた?
「はい」

──なぜ?
「包丁とか使いとうなかったけんですね」

──どのように絞めたんですか?
「バスタオルを上に被せて、左手で口塞いで、右手で絞めた」

──バスタオルをなぜ被せたのですか?
「声を出されんごと」

──苦しんでいる様子は?
「最初だけ『苦しかたい』とだけ」

──騒がれると困るのはなぜですか?
「近所の人に聞こえて誰か訪ねてきたら困ると」

──次にどうしましたか?
「台所に行って包丁を持ってきました」

──刺すためですか?
「そうです」

被告は、妻の顔を押さえ、刺し身包丁でバスタオルの上から妻の首を1回突き刺した。

──バスタオルに血が滲んで どう思いましたか?
「終わったなと。妻が死んだと思うた」

──その後はどうしましたか?
「すぐ娘の仏壇に行って、線香立てと線香を 持ってきて、すまんやったと手を合わせてソーセージやお菓子をあげました。娘のとこに行って成仏してくれと祈りました。疲れて布団に横になったら、そのまま寝てしまいました」

──後悔は?
「しました」

■結婚約40年「仲がいい普通の夫婦」

75歳の被告は車いすで入廷後、右の耳に補聴器をつける。被告人質問などでは、弁護人や裁判官からマイクを通した声が聞こえているか何度も確認されながら公判は進行した。

被告は1987(昭和62)年に妻と結婚。子どもに恵まれたが、生後間もなく死亡している。被告によれば、約40年間の夫婦生活のなかで暴力を振るったことは一度もないという。

事件直後、夫婦が住むアパートの近所の人に被告と妻について話を聞くと「仲がいい。夫婦で買い物に行ったりと普通の夫婦だった」という。

法廷で弁護人から「夫婦喧嘩はあったか」問われると──

「大きな喧嘩はない。口では私が負けるので言い返すことはなかった」

被告は、地元の建設会社に勤めていたものの倒産。退職金280万円を得たが、このうち200万円が返済で消えた。「妻の親戚の保証人をしており負債を被った」という。その後、別の建設会社で働くものの、約8年で再び倒産。
次にアルバイトで務めた会社では『墓石を立てる』などの肉体労働をしていたが、次第に仕事がなくなり、最後は月に3日ほどだったという。

2021(令和3)年2月頃、「体も弱くなった」と感じて退職。以来、夫婦の収入は2人の年金のみとなった。2か月に一度、被告には19万円、妻には14万円支給されていた。

■親族に借金を重ね 昼はカップラーメン

冒頭陳述によると、2014(平成26)年3月、被告人と妻は、佐世保市にある市営アパートに入居。

妻には高血圧症や気管支喘息などの持病があり、複数の医療機関に通院、薬の処方を受けていた。
妻は、血糖値の測定やインスリンの注射が自分でできず、いつも被告がやっていたという。

夫婦は、市営アパートの家賃や駐車場代のほか電気代も滞納。
アパートの管理会社からは「3か月払わない場合、出て行ってもらう」か「“保証人”に請求する」と通告された。

その“保証人”となっていた親族にはすでに借金があったという──

弁護人:(保証人に請求すると)言われてどう思いましたか?
「困るな―と。(夫婦)2人の問題で、とにかく、2人でどうにか頑張ろうと」

夫婦は、夫の肉親や妻の親族らに借金を重ねていた。
支給される年金は返済に回され、加えて妻の通院費用や薬代がのしかかった。
弁護人によると「自転車操業だった」という。

生活は困窮し「毎日、昼はご飯とカップラーメン。夜は、スーパーで買った99円の惣菜だった」

親族は、地域の民生委員に「被告を市役所に連れて行って欲しい」と相談。
市役所では高額医療費の限度額適用申請を行ったが、生活保護については「2人の年金受給額では対象にはならない」との回答だったという。

■タバコ代が夫婦で月に6万円

検察によると、滞納していた家賃と駐車場代は約5万8千円。
年金は2人合わせて2ヵ月に一度、約33万円支給されていた。また犯行当時、約9万円の預貯金があったという。

弁護人:
──年金だけでは生活できなかった?
被告:「少なかったですもんね」

──生活費には足りない?
「全然足りんです」

──お金の管理は?
「お金の管理にはほとんど関わってないですね」

──奥さんのお金の管理を信頼していた?
「はい」

──奥さんが金策を手伝ったことは?
「それはなかったです」

──お金の節約のためにタバコを止めようとは思わなかったんですか?
「(私は)タバコを安いのに変えて1日1箱に。以前は(夫婦)2人で6万円ほど(使っていました)」

──止めようと思わなかったんですか?
「(妻に)一緒に止めてもらえんかって言いました。そしたら“私は止めないよ”と」

■妻の入院費を借りようとして「余計なことするな」

犯行の約1か月前の2月5日ごろ、被告は急に立てなくなり、後ろに倒れたあと左足が全く動かなくなった。しかし金がなく、病院には「歩けるようになってから行こうと思った」という。

2月25日、被告は左半身がしびれている状態で、自ら運転する車で妻を通院のため病院に連れて行った。病院で、被告は『手足のしびれ』について、妻は『足の皮膚炎』について、それぞれ専門医を受診するよう勧められたあと、妻が座り込んで立ち上がれなくなった。

弁護人:
──(妻の)入院費用をどうしようと思いましたか?
「金を借りてでも入院させようと。病院から戻って親族に何とか協力してもらおうとしたら(妻が)『余計なことすんな、絶対したら駄目よ』と。そいで、おかしゅうなった。どうにもならんなと思うた」

──なぜ怒ったと思いますか?
「(寝たきりの姿を)身内に見せたくなかったんじゃないかと」

3月8日、被告が介助し、杖を使えば立つことができていた妻が立てなくなった。コタツで寝た状態から全く動けなくなったという。

3月11日、今度は被告が親族の前で倒れた。病院に運ばれるとCT画像を見せられ「軽い脳梗塞の疑いがある。仮入院が必要だ」と言われる。

弁護人:
──(医師には)どう答えたんですか?
「妻が寝たきりで行かれんですと言うたら、かかりつけ医に行って(奥さんの)入院先を見つけてもらいなさいと。検査しないとあなたも大変なことになりますよと」

■「お父さん私を殺すとね」「すまん勘弁せろ」

3月12日、被告はスーパーで焼酎を買った。その日の夜、被告はなかなか寝付けなかった。

弁護人:
──なぜ寝付けなかったんですか?
「『親族に電話するな』とか(妻に言われて)パニックに…どうしていいか分からんような状態だった」

そして被告はこう考えたという──

「(こうなったのは)夫婦2人の責任やけん、私が刑務所に入って。妻に犠牲になってもらわんばと」

──事件を避ける方法はあったと思いますか?
「私の頭では思いつかんですね」

──奥さんの気持ちを無視しても、親戚に相談すれば良かったのではないですか?
「考えんやったです」

3月13日、被告は就寝中の妻の顔にバスタオルを掛け、左手で妻の口を塞ぎ、右手で首を絞めた。

弁護人:
──殺そうとして、まずどうしたんですか?
「朝方、手で首絞めて…片手では絞めきれんやった」

──奥さんとはどんなやり取りをしましたか?
「“私を殺すとね?”と言われ、すまん、勘弁せろ、と。そのあと(妻は)もうしゃべらんやったです」

──奥さんは逃げようとしましたか?
「なかったです」

──動かなかったことをどう思いましたか?
「覚悟したとやなかかなと」

──奥さんに言いたいことは?
「ただ『すまなかった』というだけです」

■早く妻のいるあの世に行って謝りたい

逮捕後に行われた精神鑑定で、犯行時、被告は「軽度認知障がいで、認知症の疑いがあるが(日常生活などの)適応機能は保たれていた」とされた。
また精神科の医師は「親族から金を借りづらい心情で、妻が入院すると生活費が底をつくと計算した」「犯行前、“万策尽きた”状態で、心理的な苦痛が高まり、酒の力を借りて殺害を選択した」と分析。
その背景には“孤独の心理”もあったと補足した。

弁護人:
──孤独だったと指摘されたが、相談できる人は?
「妻には相談できなかった」

──妻以外には?
「親族に電話したら(妻から)“(金を)借りたらいけん”と言われた」

──最後に言いたいことは?
「今になって思うたら、なんていうか…仏さんになったらあの世に行くというけど、私が遠いとこに行けたらすまんやったと言いたくて」

■“人命軽視” 懲役15年を求刑 弁護側「将来への絶望と介護疲れ」

論告弁論のなかで、検察は「殺傷能力の高い凶器で体の重要な部分を刺すなど犯行態様は極めて危険。殺意が強固で人命を軽視している。
2か月に1度の約33万円の年金収入と、預貯金が約9万円あるなか、滞納していた家賃は約5万8千円で、重大な経済的課題とはいえない。
自分勝手な理由で殺害に及んでおり、短絡的で強い非難に値する。
また妻が寝たきり状態になったのは事件5日前であり“介護疲れ”による犯行ではない」などとして懲役15年を求刑した。

一方、弁護側は「経済的な将来への不安と、妻の介助、自身の病気などで絶望して犯行に及んだ。犯行後は逃亡せず自首している。また犯行当時、被告は軽度認知障がいの状態だった」などとして「“介護疲れ”の事情を踏まえて量刑を決めるべき」と述べ「懲役3年、執行猶予付きの判決が相当」とした。

この裁判は裁判員裁判で行われており、判決は今月26日に言い渡される。