もはや誕生日なんてのは、どうでもいい日。

でも、若かりし頃よりは皆さんのおめでとうが身にしみる。

ありがたい。

と、オセンチな僕が言う。
そして、今は夏。

生まれた季節だろうか?
今、僕は躁状態。

ほんの2、3ヶ月前の欝な僕とは気概が全く違う。

チョイト昔はそんな自分に呆れ果て、
今はそんな頑なで我が儘な自分を肯定してみよう、許してみようと生きている。
何もかも、とてもくだらなく、とても大事な事柄だと受けとめよう思う。

そんな自分でいい。

つい先日80歳(横にすると∞になるから尚更恐ろしい!)を迎えた芝居の先生(後にも先にも、どんな大御所でも先生と呼ぶのは彼だけと決めている)に書いてもらったのは、
「優賢豪」だ。

優しく、賢く、豪快に。

そんな人間になる為の手掛かりを僕は、
みんなの繊細で時には分かりずらかったりもする優しい支えにより、
得ていると感じる。

周りのみんなが起こす、刹那な出来事にどれだけ優しさが含まれているか。

気付いた時には遅しだが、遅いほうが、ありがたみが不思議と多い。

これが継続と経験というものだ。



僕はもうすぐ、また人生の分岐点を迎える。

正直、不安で恐ろしいが、どちらに転んでも、また選ばなくてはならない。

そして、どちらにも手札はない。

困ったもんだ。

だが、先述の自分の頑なを許せるかどうかとか、
他人を容せる量を増やせるかどうかにかかっていると思う。

人生なんて、どうでもいいのだ。

だから、生きていくのだ。
こんな日に僕はそう思う。
だから、生きるのだ。

娘に会えようが会えまいが、墓前に来ようが来なかろうが、
生きるしかないのだ。


「それでいいのだ!」
ラジオにちらほら出てる。
永六輔の番組やら、今日は爆笑問題のに出演。

自ら原理主義者と名乗る大橋巨泉だけあって、愛川欽也に「オマエは、常に反対(反抗?)側であれ。」と言われる太田光との意見の紡ぎは
とても面白い。

小沢→消費税→官僚→アメリカ→敗戦などの話の紡ぎの展開はある種の不謹慎さを覚えながらも、心踊る。
大橋巨泉の旧態的な生き方と、話をするにつれて滲み出る太田光の繊細な目線も生きてきた時代の違いもあり、
聞き応えがある。



僕が耳を疑うほど驚いたのは、
大橋巨泉が敗戦の大本営発表を聞いたくだりの言葉だった。

「今まで、1+1は2だと教えられてきた、がある日突然、1+1の答えがわからなくなった。」

僕に芝居屋としての根本原則を伝えてくれた東京演劇アンサンブルの役者、伊藤克の言葉と似ていた。



上京し、養成所。

ケツも青く、右も左も翼も知らず、親兄弟の誕生日も覚えられない僕が、
なぜか覚えている言葉。

「1+1の答えは2じゃない。3かもしれないし‥‥。」

芝居に対してのその言葉は、軍国少年だった伊藤克の実人生から生まれたからものだったのかもしれないと、
思いを巡らせた。


今現在の僕には、願ってもない刺激だった。


「露をだに いとう大和の女郎花(おみなえし) ふるあめりかに袖はぬらさじ」



大橋巨泉がこんな事も言っていた。
「こんな国、誰が欲しいんだ。子供はいない、老人ばかり(少子高齢化)。
しかも、人件費は高いから、産業は国外へ移動して空洞化。消費税上げるなら、国防費なんて0でいい。(復興にお金使った方がいい。)」



最近、タイの最低賃金が上がったそうだ。

東南アジア諸国に労働力を求めた日本の企業はどう対応するのか。


スラムドッグミリオネアで主人公ジャマールの兄貴、サマールが建設中の高層ビルから開発されていく街並みを眺めながらの台詞。

「俺達がこんな街に住んでいたなんて信じられないな。今、俺達は世界の真ん中にいる。ここは世界の真ん中なんだ。」

勢いと未来への喜びを感じる。


通信不能の携帯の通話ボタンを押し続ける人々や、タクシー乗り場に列をなす人々がいた事を思い浮かべると、この国にはもうほとんど何もないのかもしれない。と思ってしまう。


「1+1の答えは2じゃない。」


しかし、何と何を足せばいいのか。
今はそれすら分からない。


生き方として、無知だ。
ひさの稽古場掛け持ち。一つは昔を彷彿とさせる子役芸能事務所の発表会(明日本番俺舞台監督ショック!  一つは背筋を正しくしなくてはならないマツタケ会社のボール三朗の公演の読み合わせ(笑       俺、こんなビッグネーム主演で、舞台監督セカンド初めてパンチ!         あぁ、ストレス。あぁ、やるしかないぬ!

風歌、本当に会いたい。


12月までに会えなければ自ら今のココから消えようかと思います!