2時間ちょっとで、予定通り手術を終え、病室に戻ると声が出ず、思いが伝わらない辛さから足をバタつかせ…パニックを起こすかと焦った私の表情を察したかのように、私の顔を見て、必死に痰が詰まっていることを訴えてました。いったんわかるとそのあとは喉に手を当ててくれたらわかるので、落ちついて安静に過ごすことができました。旦那さんは…息子の動きには敏感に反応しますが…おいっ!なんかしてほしいみたいだ!と私を呼ぶ🤣残念なパパですむかっDASH!痰を私がとれば、手を洗ってきていいぞ的なあせる予想範囲内ですから、アルコールティッシュ用意していますよパンチ!

インフルエンザ大流行の岐阜。前日の夜勤でインフルエンザ肺炎の入院を受けてしまった私は入院日は小児科病棟に入れてもらえず…旦那さんなね任せるしかありませんでした。2日経過し熱もなく、症状もなかったので病棟に入ることは許されましたが、入院日に麻酔科の説明や病棟の説明を自分が聞かなきゃならないなんて思ってなかった旦那さんは…疲れてました🤣普段いかに私に丸投げか!とはいえ…私も旦那さんに任せることができないんですがあせる

大きなアデノイドと扁桃腺でした。10年以上付き合った鼓膜換気チューブは劣化していてはずすのが大変だったそうです。痰がでる、痛い、声が出ない、心電図モニター、酸素、血圧計、点滴…拘束感があるのでどう動いていいかわからない息子は私に助けを求めるDASH!とはいえ…点滴さえ抜けなければ別にほかのものは付け直せばいいだけで。4時間安静後、水分開始。問題なく飲めて、歩いてトイレへ。さすが若い!スムーズ!ここから15分おきにうがいの指示があり、2時間。点耳薬で耳浴👂それくらいあせる声が出せない中2息子についててもやることがない汗旦那さんは…安静解除になって安心して末娘を学童迎えに行ってもらい、話し相手もいないあせる私の📱にはゲームがツムツムしかなく…ひたすら暇つぶしにやっておりましたあせる

朝から何も食べてなかった息子は、プリン、ゼリーの許可が出ると…もちろん食べるよと言うので買ってきてみましたが、痛みもあり、思っていたよ食べられなかったようです。

これからまた、行ってきます。朝、起きたラインがないのですが…大丈夫かしらあせる
息子、昨日から入院、先ほど手術室へ。
念願の鼓膜換気チューブを抜くために扁桃腺とアデノイド切除手術に行きました。
漫画読み放題、ゲームやり放題🎮に楽しんでいましたが…朝は早起き。

7階からの朝日を送ってくれました爆笑

中2…彼にとっての転機な年となります。
話し合った結果、療育手帳を取得し高等支援学校を目指すことになりました。検査の結果IQはやはりグレーで本来取得できませんが、自閉症スペクトラム障害(診断時は非定型広汎性発達障害)の診断書を持参していたので、特例措置として申請が叶いました。4月から促進学級在籍し、高等支援学校の受験科目は促進学級で学びます。しかし、彼の周囲との関わりが生んだ成長は大切であり、部活もクラスも先生にも恵まれ、受験科目以外は普通クラスで活動できるよう彼の支援計画を作っていただけることになりました。目指す高等支援学校は30人という募集人数で、言語理解が障害レベルな彼には試験問題を読み解くことがなかなか難しく、受験は厳しいのが現実です。それでも、バスケを続けたい、友達がほしい、自立したいという彼の思いを全て叶えられるのは今はこの学校がベストだと考えました。高校卒業の資格はとれません。まだまだ悩んでいます。私立単願のほうがいいのではないかと。彼の将来のために…ほんとに責任重大なんですDASH!あせる
中2になって、彼は、一緒にバスに乗ってカラオケに行くような仲の良い友達グループができました。よくよくメンバーを聞いたら…小学校は分かれ中学でまた一緒になった保育所時代のお友達が2人キラキラクラスで大いびきかいて寝ちゃう彼を笑い飛ばしてゆすり起こしてくれたりします合格先生はお姉ちゃんの部活の恩師で、女バスの顧問。可愛がってくれてますラブラブ部活の仲間たちはできない彼がなんとなく後輩に逃げてしまいそうなとき、お前はこっちだろ!と呼び寄せてくれたりします目
小学校6年間支援学級ですごし、不安でいっぱいだった普通クラスでの中学スタートショボーン
こんなに彼が楽しく通えるなんて想像できませんでした。
中学は3年で終わってしまう。彼がまた楽しく学校に通いながら自立できる道を見つけられように、目指す学校に受かりますように…

まずは手術早く終わらないかなああせる
長くなります。
今の思いをただただ…はきだしたい‼️

未就学時期、すべての健診で相談するとグレーゾーンな返答。小学校いったん普通クラスへ入るが勉強全くついていけず、落ち込み、担任はすぐに支援学級をすすめた。疑わしきばかりでどうしてよいかわからなかった。息子のためにも個別な対応が必要だと思った。息子のためと思って支援学級に入れた小1の2学期から楽しく過ごしていたのだが…4年生くらいからだったろうか、同級生の友達に興味を示し始めた。発達障害の診断を受けたのもこの頃だったが、学力的な問題から普通クラスには戻れず…そのままなんとなくすぎてしまったが、6年になって情緒
の方で2人の同級会が支援学級に入ってきた。息子の景色が変わっていったのを実感した私は、勉強を捨ててでも、今しかない同級生との関わり、社会に息子を返してやりたくなってしまった。先生では話にならず、教育委員会まで話を聞きにいった。
市の取り決めから、息子が中学で同級生と過ごすためには勉強をあきらめる決断が必要だった。安易に考えていた私は、どうせできない勉強よりも今しかない学生の人間関係や友達を作ることのほうが大切だと思った。もちろん本人が望んだからなんとかしたいと思ってやったこと。ほかに道はあったかもしれないが、悪くない選択を彼のためにしてきたと思う。もともと、勉強はできない方ではない私だが…あまりにできない我が子たちの点数に慣れたのもあるが、公立に落ち、私立高校へいきながらも、あたえらた環境で楽しく過ごす長女になんとかなるもんだなあと感心させられ、順位がつく以上、我が子が最下位になるのも仕方ないと思えるようになった。だから、息子は私立単願でとか、工業高校をと考えていた。0点を取っても1がつかないほど、授業も提出物もまじめにしっかり出す息子。穏やかで優しく、よく食べる息子。学校が大好きで、下手なのにバスケなんて全く向いていない部活にも休まずいく。追いつかず周回遅れになっても最後まで走る。そんな息子をチームメイトはいじめるどころか受け入れてくれる。先生もコーチも、なかなか試合に出せないといいながら息子がなにかひとつできるように声をかけて出してくれる。担任は長女の部活の恩師で、息子のことも可愛がってくれている。教卓の前が指定席だ。小学校の修学旅行は支援学級の友達とまわり、部屋も3人だけだった。先日の宿泊研修では、クラスの友達がウノに誘ってくれて、1時まで起きてたなんて楽しそうに話した。中学、普通学級に入れたことは間違いじゃなかった。よかったと心から思う。

でも…このまま普通クラスにいれば、私立単願でも進学は厳しい。高校に受かったとしても、単位をとることがおそらく難しい。

小学校卒業前に散々話をしたから…
うまくいったとしても、学力がついていかない場合、進路は中2の12月までに決めること。
それは、高校進学または就職でない場合…支援学校を選択するのならば…支援クラスに3年生4月から在籍できるようにすすめなければならないということ。

長女と同じ高校を考えたが、バスケを続けたい彼には強すぎる学校で…長女でもギリギリな成績を取ってくるのに息子にはやはり高校普通科はきびしい。2年前にできた高等支援学校には、バスケ部がある。おそらく今の息子は療育手帳がとれる。私は、息子の将来を考え、先生にその道に進みながらも、なんとか普通学級に在籍できないか、相談した。在籍は無理。支援クラスに在籍しないと支援ができない。ただ、息子の劇的な変化は普通クラスでの人間関係で起こったかけがいのないものであり、社会に出て自立するためにも大切なスキルであると先生方も共感してくれました。

私は今までの選択に後悔は多少あるものの、息子が学校が楽しい、友達も家族も大切にできる、そんな子に育ってくれたので、よしとしたい。

大切なのはこれから。
未だ息子は、なりたいものもやりたいことも、得意なこともみつけていない。
ただ、バスケは続けたい、学校に行きたいという。良かれと思い、私は息子にも夫にも高等支援学校に進む道をすすめている。この学校には入学試験がある。療育手帳も必要。バスケ部がある。自転車で通える。少し遠いが長女よりははるかに近い。

良かれと思って…
息子の将来、高校入学がゴールじゃない
でも…
ほんとにこれでいいのだろうか…