黙って少し前を歩く、最近少しだけ締まった背中のラインが
Tシャツに透けて見えるのを、汗で湿ってるからかなあ…なんてぼんやり思いながら、
前から伸ばされた長い手に、少し強引に引っ張られながら、躓かないように付いていく。

背中には、ちょっと怒ってる感じも出てるのに
足早にならないのは、
慣れない履き物が擦れて痛いのを
多分、知ってくれてるんだと思う。


いっつもぼんやりしてるくせに…

どうして、そんなことに気付くんやろ…。


嬉し半分呆れ半分で、怒ってるだろう彼に見えないように、
少し俯いて静かに微笑む。


「…ホンマムカつく…」

前を向いたままぼそりと呟いた声を
人混みの中でも聞き逃さない。

「やって…」

「やってちゃうわ。ほいほいついていくとかありえへんやろ」

そんな…人のことゴキブリみたいに言わんでよ…なんて返したら、逆にもっと怒ってまうかな。

先週一緒に買い物した時新調した、青い花柄の浴衣。
それを着て、会社の上司と花火を見に来たら…まだ花火が始まる前の特等席で、後ろからぎゅっと手首を掴まれ引っ張られた。

そのまま、連れられて特等席に背中を向けて進んでいるところ。


「…なぁ…。花火見れたら、一緒に見る相手は誰でもええの?」

ゆっくり立ち止まった彼が、確認するみたいに、前を向いたまま、静かに問う。

その時、背中の後ろで一発目の大きな花火。

「だって仕事だったでしょ?」

そりゃそうだけど…
言ったらどうにでもなったのに。と
半身だけこっちを向いた彼が、
口先だけ、まるで子供みたいに尖らせる。

「わがままは言うたもんが勝ちやろ?お前はおれにはわがまま言うてええんやから、ちゃんとわがまま言い」

どんなわがままだって、なんとか善処します。
なんて、
営業の人みたいに言われて
思わず小さく吹き出した。

「…うん。」


で?どうしたいん?

と全部振り返って、彼の胸くらいの高さの顔を
覗き込んでくれる。

「…ホンマは…一緒に花火見たいの」

俯いたまま呟いたら
フゥって、
仕方ないなあって感じのため息をひとつ。

強引に握ってた手首は解放されて
ぎゅっと 手を握りかえられる。


花火に向かって、もときた道を進みながら
彼が小さな声で言った言葉…

声は大きな花火の音にかきけされたけれど、かわりに明るく照らされた口元の形で
なんて言ったか
ちゃんとわかる。

わかったから、
彼の隣で全開笑顔。


こんな無駄で不器用な時間が
なんて楽しいんだろう。


満開の夏の夜空の下で。