はず…(・ω・)b


まあそれも開き直って続きを書いてみる。



(前夜の地震速報に、部屋の半分は気付いてなかったという…それだけ熟睡してたのね)



翌日は養鶏場を営んでいるというお宅へ。

自宅と施設が津波にやられて、今もご家族は避難所で生活されているとのこと。

お宅へ向かう道すがら、家々の塀に泥の筋が今もくっきり残っていた。

1メートルくらいの高さ。

360度見渡しても海なんて見えない場所なのに。



最初は土の上にかぶった藁を掻き出す作業だったけど、藁の後はもちろん土。

土というか泥。

そして泥というかヘドロ。


この日は天気が良くて2時間の作業で汗だく。

でも作業には防塵マスクも安全長靴も軍手も必須。

こういう装備は決して大袈裟じゃない。

時には「スコップより手でやった方が効率がいいかも~」と、手作業をしてしまったけど

あくまで「被災地」ということを忘れず、必ず道具は使った方がいい。

何が潜んでいるかわからないのだから。

ちょっとヒヤっとしたこともあったから、反省と共に書いておく。


破傷風は怖いよ。

映画「震える舌」を小さい頃見てホント怖かったもん。



お昼にボランティアセンターに戻ったら、この日布団がボランティアセンターに届いてて

その荷下ろしもお手伝い。

行き先はわからないけど(避難所か仮設住宅か)、布団が届いてよかったな~



午後もまた2時間頑張ったけど、半分も終わらない。

もちろんちゃんと変化はあるんだけど、

いかんせん範囲が広いからまだまだ。



それでも延長ってわけにはいかないからボランティアセンターへ戻ってホテルへ。



夜は有志参加の懇親会(?)

「なぜボランティアをやろうと思ったのかっ?!」とかいう熱い会話が繰り広げられていましたw

私はその端っこで「青春だなあ~」とひとしきり感心して早々に就寝。




最終日は午前中のみの作業だったけど、全員で昨日のお宅へ。

ずっと気になっていた、という鶏舎のケージの歪みを全員で一列になって直す。

「この人数が集まってくれたからできました」と喜んでもらえたけど

これだけの人数が集まっても「片付いた」とはならなかった。

悔しいけど次回以降のボランティアにバトンタッチ。


健康ランド(?)みたいなところで汗を流して、ボランティアセンターに挨拶に行って帰路へ。


帰りのバスは寝ちゃうなーと思ってたんだけど、バスの中でジブリ作品を流してくれてて、

千と千尋→ナウシカ→ハウルの順。

ハウルの途中で時間切れになっちゃったけど、寝ずにほとんど見てたw

うーん、やっぱりハイだったんだなー

(ハウルの続きが気になるw)



バスの中でみんな一言ずつ今回の感想とか話したんだけど

私は気負いがあったけどボランティアって特別なことじゃなくて

被災地といえども男女年齢問わずできることはたくさんあるなと思った

というようなことを。


それは今回の参加メンバーそのまま当てはまることで、

年齢でいえば、下は10代の高校生から上は60代の農家の方までだったし

男女の比率もほぼ半分だった。

まさに老若男女関係ないよ!ってことを実感した。



被災地へのボランティアって当初は素人は無理、という風潮もあったから

行くのは「特別な人」って私も思ってたけど

今回集まったのは私も含め、みんな普通の人達だった。

(主催の方はちょっと普通じゃなく、かなりパワフルな方だったけどにひひ


普通の人でもできることがあるよ。


でもやっぱり無理するのはダメね。

無理してまで行くのはダメ。

行かなくてもできることっていっぱいあるからさ。




正直ね、ちょっとダラーっとなっちゃってたのはプレッシャーもあったの。

「次はいつ行く?」ってプレッシャーが。

一回で終わりじゃないよねえ?

思い出づくりじゃないよねえ?

また行きたいです!とか言ってたよねえ?


ってもう一人の自分がせっついてくるんだけど、

それに体が応えられなくて耳を塞いでた。

心と体の葛藤ってやつですな。

まあだいぶそのバランスも落ち着いてきましたけどもね。


なかなか難しい。

またボランティア報告ができるかわかんないけど

とりあえず29日の野球大会に行けることになったのでチャリティしてきます!


ジャニーズ大好きだから、ジャニーズ事務所が被災地に援助することの

一助にでもなれれば私も嬉しいのでね。

そういうことからまたコツコツとはじめよう~



んでMarching Jの6月のイベントの告知はまだですかー