4/29~5/1に行ったボランティア。

前に「楽しかった」って書いた通り、行く前に想像していたよりも疲労感はなく

案外平気だったんだけど、どうもダラーっとしたまま気力が戻らなくて

やっぱりどこか無理してたんだなあと、先週末は自分をとことん甘やかしたりして。

(挙句に太るというね)

あの疲れのなさは、ある意味、ボランティアハイだったのかもしれない。


まあこのダルさは5月病かもしれないけどにひひ


ってことでぷくぷく太りつつ気力も戻ってきたんで

ボランティアに行ったことなど書いてみる。




震災後、現地へボランティアへ行きたいという気持ちはあったものの

個人で、ましてや女一人ではなかなか難しいかなあと思って

都民ボランティアの募集をチェックしたりしてたけど

応募者が殺到してて応募すらできずにいて。


そんな中、千葉県の学校の先生が個人でバスを手配して、

一緒に行くボランティアを募集をしているという記事をネットで見て

現地への足も宿も食事も心配しなくていいし、現地に宿泊することで

その経済回復にも多少なりとも貢献できる!ということで参加することに。



人がいるところではあまり写真を撮って欲しくないから、という主催の方の意向で

早朝、亘理~岩沼海岸をバスで巡り、バスを降りて少し自由行動。

家が半分泥につかっていたり、田んぼに車が転がっていたり、

ぶ厚いコンクリートの堤防がざっくり割れていたりという光景が広がっていた。


それでもどこか「ニュースで見た光景」で、あまり被災地に来たという実感がなかったんだけど

岩沼海岸の防風林だった松林に、ぽつんと引っ掛かっていた布団を見て、

尋常じゃないことが起きたんだ、って思った。

辺りに家屋もないのに、人の手の届かない高い枝に引っ掛かったままの布団。

強烈だった。



初日は避難所から仮設住宅への引越しのお手伝い。

でも引越しと言っても荷物は衣装ケース2つと

細々したモノが入った紙袋がいくつかと、そして毛布くらい。

みんなで2往復もすればおしまい…


この引越しで一番驚いたのは、布団が仮設住宅に備え付けではなかったこと。

テレビ、エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、ポット、炊飯器はあるのに。

高齢のお婆さんは避難所と同じように、床に毛布を3~4枚重ねて

敷布団にして横になり、その上にまた毛布を重ねて寝ていた。


震災から一ヶ月以上が経っていて、仮設の住宅も建ったというのにお布団がないなんて。

なんだかすごく不思議だった。


ただ、こういう生活用品は各家庭ごとにいろいろで、布団を運び入れている家庭もあったし

食器や台所用品を揃えているご家庭もあった。

だから一概に仮設住宅に全部用意すべきだ、とは言えないかもしれないけど

そっかー、布団はないのかー、こんなに毛布はあるのに…と不思議だった。


作業を終えてバスで宿泊する秋保グランドホテルへ。

ご飯を食べて温泉に入って、同室(6人部屋)の人達とおしゃべりして就寝。

(10歳も若く見られたの~音譜



「被災地でのボランティア」ってことでかなり気負ってたけど、

この日は掃除、片付け、荷物運び…くらいで

正直「ボランティアとして役立てたのかなあ。当たり前のことしかしなかったのに」とか思ってて。

そんなことを一日の終わりにツイッターでつぶやいたら、

「今はその当たり前のことをする人もいないんだもんね」ってリプしてくれた方がいて

あ、そうなんだ、ボランティアって決して特別なことじゃないんだ、って気付いて。

「頑張ってくださいね」って私も支えられました。

本当にありがとうございました(^-^)



ってことで寝たんだけど


深夜2:04

携帯のバイブが部屋に鳴り響く。

緊急地震速報。


そうだ、今宮城にいるんだ! と、飛び起きて身構えたけど、幸いなことにぴくりとも揺れなかった。


ホッとしつつバタンキュー( ̄ω ̄)zzzz


(続くっ)