きのう配信されてたメルマガにとても印象的な言葉があリました。


「古いやり方を批判するのは、その古いやり方を身に付けた後だと思う。」 (前後の文脈は省略)



うちみたいな零細町工場に限らず、たいていの町工場では


「古い職人」と「若い職人」、「古い設備」と「新しい設備」などといった


「旧」と「新」の2極が少なからず存在しています。


(っていうか、ものづくりに限らずどんな業種にもあるよな)



例えばものづくりの世界では、熟練の職人が何十年と汗水流して身に付けた技術でも


たった2,3週間の訓練を受けた人が、最新鋭のマシンを使ってまったく同じ物を


さらに短時間で作っちゃったりするわけです。そして、熟練工の作ってる様をみて


「もうそんなやり方ではつくってられね~」 


なんて言っちゃってるかどうかは知らないけど、感じてはいることでしょう。



そういうやり方でしか物を作ったことがない方々を自分は批判はしませんし、むしろ


これからはそのような人たちが主流となりつつあるのかなとも思う。


また、零細町工場といえど最新鋭の機械のひとつでも持って無ければこれからはやってはいけないでしょう。



が、はたして彼らを「職人」と呼べるのでしょうか?呼んでいいものなのか?


だって結局「自身の技能レベルの向上」が、「マシンの進歩」まかせになり、


さらに「マシンの限界」があっさりと「自分の限界」となりうるわけでしょ?



手書きで図面をひいたことが無い人がいくら最新鋭の3次元CADを使いこなしてても


必ずしもそれが立派な設計者とは言えないのと同じじゃないか?


最近の図面を見ればよくわかる。ここわかってて描いてんのかな~ってね。



両者共単なるCADオペレーター、機械オペレーターで終る可能性が大きい。


自分もこの両者と同じ経験をする状況にいたのでよくわかる。(設計の方は前職での経験から)



自分が今の会社に入った当初、手で作って覚えることをすっ飛ばしていきなり新しいマシンで


作ることから始めました。これはそっち側(機械)の人手が足りないせいもあったんだけど、


とても遠回りをしたなって今では思う。



今会社では新しい設備の導入予定があり、自分がその主導をしている。


そんな時だけに上記のメルマガの一文が妙に引っかかったわけです。


「この技術は今の自分では無理だし、覚えるのが大変だから新しい機械に頼ろう」ってな理由だけで


導入するのは避けねばならない。


これまでのやり方でだってこれから先何十年と通用するものがたくさんあるのだから。


うちの町工場にはそんな宝の山がたくさん埋もれている。


そんな宝探しが今は楽しくてしょうがない。